坂口安吾(写真:共同通信社)

 昭和30年(1955年)2月17日、午前7時55分。坂口安吾は群馬県・桐生の自宅で脳出血により突然この世を去った。享年48。「自分の生命が尽きるまで、何か書いていたい」と語った戦後文学の旗手は、高知県への取材から戻ったわずか2日後に「舌がもつれる」と倒れ、帰らぬ人となったのである。

紙くずに埋もれた天才

 林忠彦が昭和22年(1947年)に撮影した有名な写真がある。おそらく、みなさんも見たことがあるだろう。東京・蒲田安方町の自宅書斎で、紙くずと雑誌が散乱する部屋に埋もれるように座る安吾の姿だ。

林忠彦が撮った坂口安吾(English: Hayashi Tadahiko日本語: 林忠彦, Public domain, ウィキメディア・コモンズ経由で)

 妻の三千代は『クラクラ日記』にこう記している。「年がら年じゅう書いているか、読んでいるか、家にいる間は紙くずにかこまれてとじこもりっきり。一つの仕事が終わるまでは幾日でも一歩もそとへ出ず、トイレへ行く以外は家の中をあるきもしない。ほんとうにだるまさんになってしまうのではないかと思うくらいだ」

「二年間も掃除をしていない書斎」と評されたその混沌とした空間は、安吾のつかみどころのない日常そのものだった。