罰則のない非常事態宣言が守られた理由

──百姓は正社員、村は会社、村役人は官僚と置き換えると、現代でも同じ社会構成が日本に温存されている。村は藩の境界を厳格に守り、流動性がなく、秩序の維持は重んじるが、全体の最適化は誰も考えない。こうした日本人の精神文化について解説されています。

池田:コロナのパンデミックに話は戻りますが、あの時に、国のウイルス対策を決めていたのは、実質的には感染症対策分科会と、そのトップだった尾身茂氏です。

 形式的な決定は総理大臣が決めていましたが、緊急事態宣言には強制力はありません。そのため、「やってください」と各県の知事にお願いして、たとえば小池百合子都知事が飲食店の営業停止を要請しました。これはいずれも命令ではなく、どこまでいっても相手の同意を求めるお願いでしかなかった。

 非常事態宣言というものは戦争時の宣言ですから、イギリスなどでは違反があれば警官が対応します。でも、日本は戦争をしないことになっているので、戦時体制でどうするかという仕組みができていない。だから、どこまでいっても相手が納得しないと機能しない緊急事態宣言なのです。

 ところが日本人は、罰則もないのに自ら営業停止にしました。あれこそが昔から続く日本人の行動様式です。権力者もそれを知っているから、法律などをわざわざ作らない。ある意味では、犠牲の少ない洗練された手法だと思います。

コロナ禍では飲食店が自主的に営業を停止した(写真:西村尚己/アフロ)

 しかし今後、戦争や大規模な感染症などが再び発生した場合には、危険があると思います。このように意思決定のプロセスが不透明で非論理的では、本格的な危機管理ができるとは思えません。

池田信夫(いけだ・のぶお)
アゴラ研究所代表取締役所長
1953年生まれ。東京大学経済学部卒業後、日本放送協会(NHK)に入局。報道番組「クローズアップ現代」などを手掛ける。NHK退職後、博士(学術)取得。経済産業研究所上席研究員などをへて現在、アゴラ研究所代表取締役所長。著書に『情報通信革命と日本企業』(NTT出版)、『イノベーションとは何か』(東洋経済新報社)、『「空気」の構造』(白水社)、『資本主義の正体』(PHP研究所)、『丸山眞男と戦後日本の国体』(白水社)、『脱炭素化は地球を救うか』(新潮社)他。

長野光(ながの・ひかる)
ビデオジャーナリスト
高校卒業後に渡米、米ラトガーズ大学卒業(専攻は美術)。芸術家のアシスタント、テレビ番組制作会社、日経BPニューヨーク支局記者、市場調査会社などを経て独立。JBpressの動画シリーズ「Straight Talk」リポーター。YouTubeチャンネル「著者が語る」を運営し、本の著者にインタビューしている。