同じ物件なのに3度目の申請で登録
西洋建築はずっと、石壁によって建物を支えてきた。それゆえ大きな窓を開けたり、自由な間取りにすることができなかった。20世紀になり、コンクリートや鉄、ガラス素材を活かして、柱で床面をもち上げる新たなデザイン原理を追求したのがル・コルビュジエだ。
彼が提唱した「近代建築の五原則 ①ピロティ(国立西洋美術館のように、1階部分に列柱で吹き抜け空間をつくる)、②水平連続窓、③屋上庭園、④自由な平面、⑤自由なファサード」は、世界各地に広がってゆく。私たちがいま日常的に見ているモダンな建物は、元を正せばル・コルビュジエである場合が多い。
そんな現実を踏まえ、2回目の申請(2011年)は「近代建築運動への貢献」にストーリーを変えた。しかしこの時もまた、近代建築運動は「ル・コルビュジエの作品だけでは説明できない」と落選。フランスの3つの物件「サヴォア邸」「マルセイユのユニテ・ダビタシオン(集合住宅)」「ロンシャンの礼拝堂」だけは価値を認めるので、これらに絞って再推薦するよう勧告までなされた。
そこで3度目(2016年)は、「20世紀建築への影響」を証明できる17件に絞り込み、ル・コルビュジエ各作品がそれぞれどのように近代化への役割を果たしたのか、を明示したのだ。これにより国境を越えた“貢献”が認められ、やっと登録に至った。しかし3度とも対象になる物件はほぼ同じなのに、価値の証明が不十分で落選したり、高く評価されたりする。こうした手続きの不可解さは、世界遺産への信頼を失うのではないか?
国立西洋美術館は、東アジアにある唯一のル・コルビュジエ建築だ。彼が考案した「無限成長美術館」という“思想”をまさに体現している。鑑賞者は、まず核になる吹き抜けの19世紀ホールへ入る。スロープを登るにつれ、段々と変わる景色を楽しみながら2階へ。そこから螺旋状になった展示室を見ながら回ってゆく。こうした構造なら将来に収蔵品が増えても、外側にクルクルと螺旋の数を増やせば対処できる。実際には新館を建てて、この本館を伸ばさなかったのだが……。
2022年4月のリニューアルオープンでは、開館当初の“開かれた前庭”が復元された。外部から見える透過性のある柵に変え、床には目地によって客の動線を引いたのだ。これにより本館のピロティへと自然に視界は移ろってゆく。

1950年代の最後の年、ル・コルビュジエの建築によって、日本人は世界とつながった。価値はいつだって国立西洋美術館にあり、世界遺産だから価値があるのではない。そんな当たり前の事実を、2度の落選後に登録された建物が、否応なく教えてくれる。
(編集協力:春燈社 小西眞由美)
※2月19日に公開した記事に誤りがございました。つきましては、下記のように訂正いたしました。ご迷惑をおかけいたしましたことを、深くお詫び申し上げます。
(誤)1931年に竣工されたパリ郊外ポワシーに建つサヴォア邸
(正)1931年に竣工したパリ郊外ポワシーに建つサヴォア邸