TBSの人気番組「世界遺産」の放送開始時よりディレクターとして、2005年からはプロデューサーとして、20年以上制作に携わった髙城千昭氏。世界遺産を知り尽くした著者ならではの世界遺産の読み解きと、意外と知られていない見どころをお届けします。

文=髙城千昭 取材協力=春燈社(小西眞由美)

赤道直下に位置する内陸国・ウガンダの「ブウィンディ原生国立公園」のゴリラ 写真=ロイター/アフロ

ゴリラが暮らす熱帯雨林は中国の国宝パンダの故郷に匹敵

 四川省を中心に、中国の1200mを超える山岳地帯にだけ生息するジャイアントパンダ(大熊猫)。主食が竹であり、住み家に“竹林”が必要なので生息場所が限られています。

 その数わずか1800頭あまり……中国の“国宝”といわれ、世界中で愛されているパンダですが、世界遺産にはなれません。なぜなら、世界遺産は「不動産」に限られているからです。その代わりに、絶滅の惧(おそ)れのある野生動物を守るため、彼らが暮らす森や山を世界遺産リストに加えています。

 中国の「四川のジャイアントパンダ保護区群」は、パンダの重要な生息地である16もの保護区や自然公園をまとめて一つの世界遺産にしています。中でもパンダ愛好家の聖地が、臥龍自然保護区です。

 今年9月、上野動物園のリーリーとシンシンが高齢(19歳)になり、高血圧の治療のため中国に返還されたことが大ニュースになりましたが、リーリーとシンシンは臥龍自然保護区にある保護・研究センターで生まれました。センターでは人工繁殖に取り組み、育てた個体を外国に貸し出すだけでなく、野生に戻すための研究も続けています。まさにパンダの故郷です。 

 さらに観光客を受け入れ、屋外施設でのんびり過ごすパンダの見学や、エサやり等の飼育ボランティアも可能です。近年、こうした「持続可能な観光」で得た収入を保護活動や地域の振興に役立てる取り組みが、世界遺産では積極的に進められています。

四川のジャイアントパンダ保護区群のパンダ コレゴタ, CC BY-SA 2.5 ES, via Wikimedia Commons

 今回紹介するのは、アフリカ東部、赤道直下に位置する内陸国・ウガンダの「ブウィンディ原生国立公園」です。こちらはゴリラの生息地。中でも地球上に約700頭しかいないマウンテンゴリラの半数が暮らす、標高1200~2600mの山地に広がる“熱帯雨林”を世界遺産にしています。

 パンダの竹林と異なり、ブウィンディの森では、実際に足を踏み入れ、野生のマウンテンゴリラがいる空間で同じ空気を吸ってひと時をともに過ごせます。出会ってから1時間だけ、近づける距離は7mまで……心優しい彼らにストレスを与えず、かつヒトの病気を感染させないように、ゴリラが暮らす森にお邪魔するのです。

 ゴリラは、尻尾がない“類人猿”です。ヒトの遠い祖先は、アフリカの熱帯雨林で暮らしていました。800万年前に人類とゴリラは、共通の祖先から分かれたのです。ゴリラは森に残り、人類はサバンナを新天地として進化を遂げました。そんな太古の森が、開発や違法な伐採のため日々失われています。

 では、ブウィンディの原生林は、なぜ残ったのでしょうか? 地元の先住民は、そこを「入らずの森」と呼んできました。生活に欠かせない薬草や蜂蜜などを熱帯雨林に頼ってきたので、無闇に山に採りに入らないよう禁じたのです。そうしたことで人跡未踏の森が守られました。

 しかし国立公園なると、彼らは森から完全に追い出されます。救ったのは、ゴリラ・トレッキングでした。その収益金を活かして、周囲に開発エリアを設け、養蜂や薬草の栽培を行います。小学校を建て、土産物屋も開きました。ゴリラを守ることが、社会の幸せにつながることを気付かせたのです。

 これによりウガンダ内戦や密猟で、100頭ほどに減少したマウンテンゴリラは、350頭まで回復しました。