TBSの人気番組「世界遺産」の放送開始時よりディレクターとして、2005年からはプロデューサーとして、20年以上制作に携わった髙城千昭氏。世界遺産を知り尽くした著者ならではの世界遺産の読み解きと、意外と知られていない見どころをお届けします。

文=髙城千昭 取材協力=春燈社(小西眞由美)

世界遺産を「見て・知って・楽しむ」コツ

「世界遺産」を「見て・知って・楽しむ」ためには、ちょっとしたコツがあります。それは、まず正式な登録名を調べること。例えば世界遺産リストに富士山は、「富士山―信仰の対象と芸術の源泉」と書かれています。

 これを見れば、富士山は自然遺産ではなく、文化遺産だと分かるのです。古来、日本人は富士山を<神仏が住む>聖なる山と崇め、登れば生まれ変われると信じてきました。その証しとなる、修行地(人穴、忍野八海)や登山道、祈りの場(浅間神社)など25件が、世界遺産・富士山を形づくる物件になっています。

 無戸室(むつむろ)浅間神社(河口湖フィールドセンター内)の神棚下に口をあけた洞穴……その奥へ這いつくばって進むと、江戸時代の“胎内めぐり”そのままの世界です。溶岩の突起が、まるで乳房のように水を滴らせています。かつては、この聖水により子宝に恵まれると広く伝えられました。これらが「信仰の対象」です。

 そして富士山は古(いにしえ)から詩歌にうたわれ、浮世絵のモチーフとなり、ゴッホなど西洋の芸術にまで影響をおよぼす「芸術の源泉」でした。

 どうです、登録名そのままでしょう?

 逆に、円錐形の美しい姿をもつ山は、世界中にボッコボコと数えきれないほどあります。他に類をみない地形ではないため、富士山は自然遺産に選ばれないのです。

 さあ本題。今回紹介する世界遺産は、「ポポカテペトル山麓にある16世紀初頭の修道院群」です。見た目が富士山そっくりなので、日系人から「メキシコ富士」と称されるポポカテペトル山は、標高5426mの活火山。メキシコ中央高原にそびえ立ち、やはりアステカ帝国の昔から〈神聖な山〉として崇められてきました。呪文じみた名称は、アステカの言葉で「煙を吐く山」を意味するとおり、現在もモクモクと白煙をたなびかせています。

 では、この世界遺産を読み解いていきましょう。

 アメリカ大陸に進出したスペイン人は、16世紀初めにアステカ帝国を滅ぼすと、ポポカテペトル山麓にキリスト教布教のための基地を築きます。それが、フランシスコ会・ドミニコ会・アウグスティヌス会の宣教師たちが、次々に建設した修道院群です。その中で、初期の姿をよく留めている14の修道院が文化遺産になっています。

 では、何ゆえにポポカテペトル山麓だったのか?

 富士山に修験者や巡礼者が集まるごとく、アステカ人にとって神聖な山であるポポカテペトル山には、神殿ピラミッドがつくられ、麓にはいくつもの集落がありました。修道士が伝道するためには、絶好の土地だったのです。

 けれども先住民の反抗は怖い……修道院の高くぶ厚い外壁は、そんな疑いの表れです。

 一方では、どうやって先住民を受け入れるかに心をくだき、アステカの儀礼が太陽の下で行われると聞き、前庭を広くとってオープン祭壇をつくり、行列できる道さえ設けました。

 メキシコには、水の湧く泉のほとりに〈十字型の目印〉をたてる習慣がありました。そこで前庭に、目立つように石造の十字架を飾ります。同じ形のシンボルが立つ修道院に、先住民は集まるようになっていきました。

 こうしたストーリー(歴史)を、14の修道院は静かに物語っているのです。