(英フィナンシャル・タイムズ紙 2025年1月30日付)

米国と旧ソビエト連邦の宇宙開発競争が白熱していた時、米国は何千万ドルもの血税を無重力空間で字が書けるボールペンの開発に投じていた。
片や同じ問題に直面したロシア人は・・・鉛筆を使った。
都合が悪いことに、これは作り話だ。どちらの国も鉛筆を試し、最終的にはどちらの国も完全に民間で開発された「スペースペン」という製品を採用した。
だが、この神話は産業や地政学、イデオロギーなどの分野で、たとえ話として頻繁に持ち出される。
これらの分野で襲われる恐怖感――相手方の会社、体制、経済モデルの方が構造的に優れていて手際良く安価に仕事ができるのではないかという不安――をうまくとらえているからだ。
スペースペンを想起、ディープシークの衝撃
投資家や政府は1月下旬、低コストで開発されたとされる中国の人工知能(AI)モデル「DeepSeek(ディープシーク)」の登場に呆然とし、米国の輸出規制が裏目に出たのだろうかと考え込み、はるかに高コストな米国のアプローチに何百億ドルもつぎ込むことに怖じ気づいた。
これもまた上記のスペースペンの神話の再来なのだろうか。もちろんそうだ。
しかし、この局面でもっと気がかりなフレーズは「カイゼン」であるべきだ。
これはかつて米国産業界に不安の混じった畏怖の念を抱かせた日本の「継続的改善」の概念であり、中国が何らかの方法で密かにマスターしたように見えるものだ。
本国で過小評価されていた日本人のカイゼンの達人たちを雇い入れたことなどが功を奏したようだ。
カイゼンという言葉が国際ビジネスの用語集に正式に収められたのは1980年代のこと。
自動車、家電製品、半導体などで日本企業に――価格と品質の両面で――負け続けていた欧米企業が、なぜそうなったのかを理解するよう迫られた時だった。
製品自体とその生産工程を辛抱強く改良していく明らかに日本的なプロセスが成否を分けているとの認識は、日本と欧米の双方に適していた。