ハンティングの減少が思わぬ結果を招く
セルーで密猟が横行するようになり大量のゾウを失った原因は、意外に思えるだろうが、ハンティング(狩猟)の減少にある。実はここは動物を殺すことで動物を守り、保護区を維持してきたのだ。ゲーム・リザーブとは、人間が楽しむための“狩り場”のこと。1905年、ドイツ植民地時代に皇帝ヴィルヘルム2世が、狩猟を好む妻のためにセルーの地を贈ったことが保護区の始まりだった。よい狩り場を残すために開発を免れてきたのが、もう一つの真実である。
しかし近年、動物愛護の観点から世論の風当たりが強くなり、ハンティングの許可を出し難くなった。これまでは狩猟の車がウロウロと獲物を探すことで、密猟者の侵入を阻んできたのだ。
さらに2017年の料金表では1頭ごとにゾウ(大型)2万4500ドル、ライオン6200ドル、カバ2130ドルという高額をハンターから徴収。これでリザーブ内を管理する費用をまかない、レンジャーたちは監視パトロールをしてきた。その収入が途絶えると、アフリカの自然公園では、直ぐに運営資金も人材も底をついてしまう現状である。

仕留めた獲物の頭を“トロフィー”替わりにすることから「トロフィー・ハンティング」とも呼ばれるこの狩猟だが、現在もサハラ以南の24カ国で行われている。その多くはゲーム・ランチと呼ばれる私有地だが、セルーはまぎれもない国の公園だ。
タンザニアの保護官は、「妊娠したメスや子供は撃たせない。年老いたり、病気の獲物を狙うよう指導している。ハンティングは殺戮でなく、生態系を守るために有効だ」と説く。毎年、個体数を調べ、増えすぎた動物の数だけ狩猟の対象にしているのだ。ある意味それは、日本の里山で増えすぎた野生のシカや猪を狩ることや、街に出没するようになったクマを射殺するのと同じ行為かも知れない。
2019年セルー・ゲーム・リザーブでは、北部の6割におよぶエリアが初代大統領の名をとった「ニエレレ国立公園」に変更され、ハンティングは禁止された。しかし世界遺産の登録名は変わらず、残りの区域では今なお“狩り”が続けられている(国の象徴・キリン、絶滅の惧れが高いクロサイ、リカオン、チーターの4種は狩猟禁止)。この北部をベースに観光化を進めているが、いまだ主な収入源はハンティング頼みだ。
10年前の衝撃の映像がある。ルフィジ川を、のんびり水を飲みながら渡る20頭のゾウの群れ。子ゾウも混じっている。それが人間を乗せたボートが近づくと、まだ100mも離れているのに、恐怖の雄叫びをあげ一目散に逃げ出した。慌て走るスピードの凄まじさ……アフリカゾウが、人を怖れて逃げることは普通ない。密猟で仲間たちが大量に殺されたのだ。賢いゾウは、こうした記憶を仲間や子・孫へと伝えていく。
“ゾウの楽園”と謳われたセルーに、平和の日々が訪れるのはいつか? 2025年1月現在セルー・ゲーム・リザーブは、危機遺産に加えられたままである。
(編集協力:春燈社 小西眞由美)