そこで、1997年、リーグをまたいだ対戦を「インターリーグ」として開催することとなった。MLB96年の歴史で初めてのことだった。
これまで見ることができなかった新しい対戦カードが一気に増えたことで、野球人気は回復し、1997年には6300万人台にまで回復した。
当初はインターリーグの対戦カードは限定的だったが、同じニューヨーク市を本拠としながら、これまで公式戦では対戦がなかったニューヨーク・ヤンキースとニューヨーク・メッツの対戦が「サブウェーシリーズ」として行われるなど、話題性のあるカードも多かった。当初はインターリーグは5、6月に期間を決めて行われていた。
セ・リーグ、当初は交流戦導入を拒否
MLBがインターリーグを導入した1997年以降、日本ではパ・リーグが「NPBでも交流戦を」という要望を出し続けたが「放映権収入」が大きい巨人との対戦カードが減ることになるセ・リーグの球団はこの要望を拒否し続けた。
しかし2004年の「球界再編」騒動を機に、両リーグが歩み寄り、2005年からの「交流戦」の実施が決まった。
すでに巨人戦の地上放送の視聴率は10%を大きく割り込むようになり、地上波での放送そのものも減少していた。またBSやCSでの野球中継では、巨人戦だけが視聴されるという傾向はみられなかったこともあり、セ・リーグ側も「巨人戦独占」に固執するメリットがなくなっていたのだ。
2005年から始まった交流戦は、他リーグの6チームとホーム・ロード各3試合、計36試合を行うものだった。同一リーグの5チームとは各22試合、計110試合を戦いペナントレースは合計146試合となった。
2004年までは、同一リーグ5チームと各28試合を戦う140試合制だったから、試合数も6試合増えたことになる。
観客動員が増加したかどうかは、実のところ分からない。
NPBは2004年までは「球団発表」であり、500人しか観客がいなくても1000人と発表するなど実際とは程遠い数字になっていた。