東京電力ホールディングスが再稼働を目指す柏崎刈羽原子力発電所(新潟県)を視察する機会があった。毎日約5000人もの方が安全対策などの工事をしている。7号機に続いて6号機も2025年6月に燃料を装荷する予定であり、再稼働の日を待っている。
安全対策には万全を期しており、それは当然なのではあるが、原発に関する昨今の議論を見ているとやりすぎと感じることもある。リスクはゼロを目指すのではなく、リスクと便益のバランスをとることが必要だ。
(杉山 大志:キヤノングローバル戦略研究所研究主幹)
原発停止によって毎年何兆円ものお金を失っている
原子力のリスクにはよく注目が集まるが、その一方で、原子力を再稼働させないと失われる便益がある。また、再稼働させないことによって別のリスクも生じる。
便益の第一は、もちろん金銭的なものだ。原子力発電所は、建設費は高いが、運転費は安い。燃料のウランが安いからだ。
政府の試算では、発電コストのうち燃料費の占める割合は15%に過ぎない*1。残りの85%は運転しようがしまいがかかる固定費だ。だから、一度建設した原子力発電所は、運転させないと何とももったいない。
*1:「基本政策分科会に対する発電コスト検証に関する報告」令和3年9月 発電コスト検証ワーキンググループ
お金と安全を比較すると言うと、拒否反応を示されることがある。だが、お金があることで助かる命もたくさんある、というのは動かざる事実である。
例えば病院や救急車など、医療が整えてあるおかげで、毎年、多くの人の命が救われている。医療費は税金や保険料で賄われ、それは国民の経済活動で賄われている。毎年何兆円ものお金が原子力発電所の停止によって失われていることは国民の損失であり、それはどこかで人命の損失にもつながっている。
便益の第二は、エネルギー安全保障である。日本は海に囲まれていて、エネルギー供給の8割以上は石油・石炭・天然ガスといった化石燃料が占めている。
台湾有事などが起きれば、中国は日本のシーレーンを脅かし、ドローンなどで海上封鎖をするかもしれない。そうすると、化石燃料の輸入は途絶えてしまう。
原子力発電は、通常通り稼働していれば、たとえ海外からの燃料輸入が途絶えても、装荷済みの燃料と、装荷待ちの国内に保管してある燃料だけで、約3年は運転を続けることができる*2。
*2:「原子燃料の潜在的備蓄効果‐2016年データを用いた推計結果‐」(電力中央研究所)
この価値は大きい。「日本を海上封鎖しても、そう簡単に負けない。長引いて泥沼化するから、攻めない方がよい」、と中国に思わせる。これは戦争抑止の基本である。