ダボス会議で演説するカナダのマーク・カーニー首相(1月20日、写真:AP/アフロ)
目次

(英フィナンシャル・タイムズ紙 2026年1月24・25日付)

 人間は頭を殴られると自制心を捨てることがある。ドナルド・トランプとの長期にわたる付き合いも同じ効果があるようだ。

 1月にスイスのダボスで開かれた世界経済フォーラム(WEF)の年次総会(ダボス会議)で、一部の西側諸国の指導者は普段の用心深さをかなぐり捨て、米国とその大統領について驚くほど率直な発言をした。

 欧州についてのセッションでは、ベルギー首相のバルト・デウェーフェルが聴衆に次のように語りかけた。

「越えてはならないはずのレッドラインがあまりにも多く(トランプによって)越えられてきた・・・(中略)幸せな家臣であることと惨めな奴隷でいることとは別だ。今ここで引き下がれば、自らの尊厳を失うことになる。自尊心とは、民主主義国において手に入り得る恐らく最も貴重なものだ」

グリーンランドへの脅しの衝撃

 デウェーフェルの言うレッドラインのうち、最も重要なのはグリーンランドに関するものだ。

 ドナルド・トランプはデンマークの一部であるあの島を併合するぞと、武力行使もちらつかせながら繰り返し脅していた。デウェーフェルの演説の翌日、トランプは自らの演説で、軍事行動は行わないと言明した。

 その数時間後には、グリーンランド関連で欧州諸国に課すとしていた関税の脅しも引っ込めた。こうした後退により、欧州勢は尊厳を失うことなくダボスからの帰途につくことができた。

 グリーンランドへの脅しの撤回は、大西洋同盟がまだ損なわれていないことも意味している。しかし、一連の対立によるダメージは尾を引くだろうし、国際政治を恒久的に作り変える公算が大きい。

 グリーンランドをめぐる脅迫をヨーロッパ人は決して忘れない。

 トランプがダボスに乗り込んできた日々のインパクトが過小評価されることもないだろう。

 この大統領の70分に及ぶ演説に、聴衆のほとんどはショックを受けた――自慢、いじめ、脅し、自己陶酔、現実離れした話のオンパレードだった。

 あの様子を見たうえで、トランプを「自由世界」の信用できる、あるいは頼りになるリーダーと見なせる同盟国は一つもない。

 その結果、米国の同盟国は変わりゆく現実に軒並み順応し、新たな戦略を模索している。

 同じダボスでカナダ首相のマーク・カーニーが行った演説がことのほか大きなインパクトをもたらしているのはそのためだ。