カツラギエースの逃走劇が生んだ日本馬初勝利
日本馬が勝つのはかなり先になりそうだ、といった競馬ファンの悲壮感を一気に吹き飛ばしてくれたのが1984年の第4回ジャパンカップで見事な逃走劇を演じてくれたカツラギエースでした(以下、愛をこめて「カツラギ」と表記)。
レースは好スタートを切ったカツラギが先頭のまま進み、向う正面では後続を10馬身近く離します。ですがレース前までのカツラギはまだ超一流の馬とは見なされていなかった背景もあり、逃げてはいるけれどそのうちバテるはず、と他馬の騎手たちやレースを見守っていた調教師、競馬ファンの多くがそう信じていたはずです。
ゴールまで先頭を譲らないでくれと念じていたのは、カツラギの馬券を握りしめながらこの逃走劇を見つめていたごく一部の人たちだけだったでしょうか。
月並みな逃げ馬の場合、直線で脚がバタバタになり追い込んできた馬たちに一瞬にして抜き去られるケースが多いのですが、このときのカツラギは違いました。
残り300メートルで追いつかれそうになってから二の足を使い、先頭を譲りません。最後の100メートルでは2着の外国馬ベッドタイムを突き放すという力強い勝利で、フロック(まぐれ勝ち)という印象さえ消し去りました。
14頭立ての10番人気だったカツラギの単勝配当は4060円、1000円の馬券を購入した人は4万円近くの収入になりましたが、残念ながら私は持っていませんでした。