シリアのアサド政権崩壊につながったのは、国内の反体制勢力、中でもシャーム解放機構(HTS)の存在感が大きい。HTSは新内閣でも中心的な役割を担うと見られているが、この組織は国連やアメリカから「テロ組織」と認定されており、中東情勢のさらなる混乱は避けられない。シリアの今後について、青山氏に話を聞いた。(後編/全2回)
(湯浅大輝:フリージャーナリスト)
(前編から読む)>>シリア・アサド政権崩壊、現地知る専門家だから分かる本当の理由…反政府勢力だけではない、背後に何が?
シャーム解放機構の正体とは
──前編で青山さんは「アサド政権崩壊の裏に、イスラエルとトルコの存在がある」と分析されました。アサド政権はもともと、ロシアとイスラエルの支援を受けることで反体制派の勢力を削ぎ、政権を運営してきました。次の政権で重要な役割を担うシャーム解放機構とはどんな組織なのですか。
青山弘之・東京外国語大学教授(以下、敬称略):シャーム解放機構はオサマ・ビンラディンが設立した「アルカイダ」の武装組織から分派してできた組織です。
表向き、アルカイダとは異なりイスラム法を基盤とするイスラム国家樹立を目指す組織ではなく、国際社会と調和する「穏健派」と説明していますが、本当にそうなのかは分かりません。
現在のシリア情勢を確かめるべく、シリア人に話を聞きました。その人はシャーム解放機構が治安維持にあたっている首都ダマスカスに住んでいるのですが、検問所付近で「ヒジャブ」を被っていない女性が通りかかったところ「ヒジャブをつけろ」と強要されたそうです。シャーム解放機構が「自由と民主主義」を標榜していても、アルカイダ系の背景を持つ組織であり、末端までその思想が行き渡っているのかは不透明です。
元々、アサド政権下のシリアは政教分離を掲げ、中東地域では比較的世俗化していた国ではあります。社会生活においてもヒジャブを必ずしも強要されませんでしたし、飲酒も許可されていました。これには様々な理由がありますが、大きなものに、シリアにはキリスト教徒もいますし、イスラム教徒であっても、色々な宗派の人がいることが挙げられます。
もちろん、アサド政権も反対派への弾圧は強かったですし、近年は経済制裁で治安もかなり悪化していたのは事実ですが、シャーム解放機構も制圧していた北西部イドリブ県では武力で抗議デモを鎮圧していました。
今後、シリアで宗教裁判のようなものがあるかは分かりませんが、特に首都ダマスカスに住んでいる人はアサド政権に対して強い反感を持っていませんでしたから、不安を感じていると思います。
もっとも、シリア人は外国勢力を後ろ盾にした長期化する内戦状態に慣れています。2024年8月にシリアに行った際、イスラエルからの国内への攻撃に対してあるシリア人は「(攻撃は)私たちではなく背後にいるイランを狙っているのだからもういいよ」と言っていました。
──シャーム解放機構が中心的な役割を担う新政権にはどのようなリスクがあるのでしょうか。