中東のシリアで50年以上も独裁体制を敷いてきたアサド政権が崩壊し、アサド大統領はロシアに亡命しました。反政府勢力が首都ダマスカスを制圧し、暫定政権を樹立。自由なシリアの建国に向け権力移譲を進めると宣言したのです。ただ、シリアには諸外国が軍事・経済両面で強く関与しているうえ、反政府勢力には欧米からテロ組織に指定されているグループもあり、国家再建がスムーズに進むかどうかは見通せません。いま、シリアで何が起きているのでしょうか。やさしく解説します。
(西村卓也:フリーランス記者、フロントラインプレス)
※本記事の内容は2024年12月10日(日本時間)現在の情報に基づいています。
<目次>
・なぜアサド政権はあっけなく倒れたのか
・そもそも「アサド政権」とは
・ロシアとイランはなぜシリアに関与
・シリアめぐるトルコと米国の微妙な関係とは
・イスラエルがシリア領内に進軍した理由は
・国民の約6割が難民、今後の帰還が焦点に
なぜアサド政権はあっけなく倒れたのか
反政府勢力の首都制圧は、攻撃開始からわずか2週間で完結する電撃的な出来事でした。
反政府勢力を率いたのはイスラム武装組織の「シャーム解放機構(HTS)」。このHTSを中心にいくつかの反政府勢力が協力してアサド政権打倒に立ち上がり、北部アレッポや中部ハマ、ホムスなどの主要都市を次々と制圧、その勢いで一気に首都を攻略したのです。
政府軍は目立った抵抗をしなかったようです。長年の内戦を通して国民を激しく弾圧してきたアサド政権の最後はあっけないものでした。
アサド政権を崩壊させた反政府勢力は12月10日、来年3月1日までシリアを統治する暫定政府を樹立すると明らかにしました。新首相に任命されたのは、反体制派が行政機構として設立した「シリア救国政府」トップのムハンマド・バシル氏です。暫定政府は旧アサド政権の高官らと円滑な政権移譲に向けた協議に入るとしています。
今回の政変の背景には揺れ動く国際情勢が強く影響しています。
アサド政権の後ろ盾はロシアとイランでした。ロシアはシリアに軍事拠点を置くなどしてシリア政府軍への支援を続けてきましたが、2022年のウクライナ侵攻以来、軍事力をウクライナとの戦争に投入し、アサド政権を支える余裕を失っていました。
イランも似たような状況でした。2023年10月にパレスチナ自治区ガザのイスラム組織ハマスがイスラエルを攻撃して始まった戦闘で、イランはハマスやレバノンのイスラム武装組織ヒズボラを支援。さらにイスラエルとの間でミサイルを撃ち合うなど、イランは混迷する中東情勢に関与を深めています。こちらもアサド政権を支援する余力はほとんどありません。
シリアの反政府勢力は、こうしたロシアとイランの状況を見極め、今がチャンスと見て一気にアサド政権打倒に動いたのです。
反政府勢力を率いたHTSは2011年に結成され、以前は「ヌスラ戦線」という名で知られていました。かつては2001年の米同時テロを主導したテロ組織「アルカイダ」の一組織でしたが、2016年にアルカイダを脱退し、穏健路線に転じました。イスラム教シーア派のアサド政権とは別のスンニ派に属し、シリアで勢力を伸ばした「イスラム国(IS)」と関係を深めたこともあります。