ひっそりと銀行を追われていく行員たち
話はここからだが、銀行の人事部員といえば、エリート中のエリートである。その大学の先輩も、その後、関東地区の郊外店の支店長になって業績を上げ、さらに都内のいわゆる商工店(中堅企業との取引を中心とするそこそこの規模の支店)に栄転し、順調に出世の階段を上がって行った。
ところがある日、突然、銀行から姿を消したのである。不思議に思って、大学の別の先輩で、人事部にいた人に訊いたら、「彼は郊外店の支店長時代に銀座の女に入れあげて、取引先から借金をして、それを返せなくなったので、取引先が銀行の本部に苦情を言ってきて、懲戒免職になった」という。こちらは唖然となって、「それで、今、どこで何をしているんですか?」と訊くと、「まったく行方不明」ということだった。
彼は、たぶん支店長として毎日数字に追われる生活をしていたとき銀座の女に出会い、嵌ってしまったのだろう。銀行は真面目そうな学生を採用しているので、享楽に免疫がなく、生まれて初めてそういうものに嵌ったりすると、判断力を喪失し、ブレーキが効かなくなる。
筆者は30歳で銀行のロンドン支店に転勤になった。そこで同じ銀行の証券現地法人の副社長で、こちらもエリートだったが、ろくに仕事もせず、交際費を使いまくって高級レストランで飲み食いばかりしている日本人がいた。
彼は自分の行動を正当化するために「国際金融の仕事で、高級レストランで外人と同席したとき、物怖じしたりしないよう、普段から慣れておく必要がある」とうそぶいていた。これまた「はぁ?」である。
そんな馬鹿げたことをするより、マンデート(主幹事)を獲るのが先のはずだ。彼の言い草を聞いて、『徒然草』の中に出てくる、(仏教の)説教師になろうとして、馬で法事に招かれたときに落馬したり、法事の後の宴席で芸ができなかったりしないよう、乗馬や早歌を習い、肝心の経を習わなかった男の話を思い出したものである。
この副社長もその後、東京本部の証券関係の部署の幹部として異動したが、しばらくして姿を消した。女か酒かギャンブルかは知らないが、金遣い癖が直らず、借金で首が回らなくなり、銀行を辞めざるを得なくなったという(懲戒免職かどうかは不明)。