ロシア・EU双方の背に腹はかえられない事情

 他方で、EUに対する「逆制裁」の観点に立てば、ロシアはヨーロッパ向けのガス供給をもっと絞り込んでいいはずである。そうであるにもかかわらず、ロシアはなぜ、ウクライナ経由でのヨーロッパ市場へのガス供給やLNGの輸出を続けているのだろうか。

 その最大の理由は、ロシア財政がひっ迫していることにあると考えられる。

 ロシア財政をひっ迫させる歳出面での主因は、ウクライナとの戦争の長期化で膨張する軍事費にある。他方、歳入面での主因は、その3割近くを占める石油ガス収入の低迷である。石油ガス収入は資源価格が高騰した2022年をピークに軟調が続いているが、ロシア政府は今後もこうした状況は好転しないと考えているようだ。

 例えば、ロシア政府は9月末に2025年度予算案を発表したが、その際に石油ガス収入が2025年から2027年にかけて減少するという見通しを示している。商品市況が軟調に推移すると予想されることに加えて、経営の悪化が深刻なガスプロムに対する政府の減税措置が、石油ガス収入の下振れにつながると想定しているためだ。

 ガスプロムの2022年度の業績はガス価格の高騰を受けて絶好調だったが、EUという最大の顧客を失ったことで2023年度は24年ぶりの赤字に陥った。中国など新興国での市場開拓も思うように進まないため、ガスプロムの業績低迷は長期化が予想される。こうした状況を軽減するために、ロシア政府も背に腹はかえられない。

 ゆえに、ロシアは今後もヨーロッパに対するウクライナ経由での天然ガス供給やLNG輸出を試みるだろう。同時に、EUにも、ガス価格の高止まりを受けて、価格が低いロシア産ガスに対する需要は残り続けると考えられる。

 このように、双方の思惑が合致する中で、ヨーロッパ市場には今後も、ロシア産ガスが流入し続けると予想される。