(英エコノミスト誌 2024年11月2日号)
もし投票権があったら、本紙はカマラ・ハリス氏に一票を投じる
11月5日に何千万人もの米国民がドナルド・トランプ氏に一票を投じる。カマラ・ハリス氏は過激派のマルクス主義者で、この国を破壊してしまうと思っているために、抗議の意味を込めてそうする人もいる。
また、米国民としてのプライドからトランプ氏に投票する人もいるだろう。トランプ氏がホワイトハウスに返り咲けば、米国は自信満々に振る舞うことができるという確信を持たせてくれるからだ。
しかし、なかには冷静に、計算されたリスクを取るつもりでトランプ氏に投票する人もいるだろう。
この最後の有権者グループは、本誌エコノミストの多くの読者も含め、トランプ氏を一緒にビジネスをやりたい人物だとは思っていないかもしれない。自分の子供が見習うべき人物だとも思っていないかもしれない。
だが、彼らは恐らく、トランプ氏は大統領だった時に悪いことよりも良いことの方を多く実行したと思っている。
また、反トランプ論はかなり行き過ぎだとも思っているかもしれない。
この計算の中心にあるのは、トランプ氏の最悪の本能は抑制されるという考え方だ。いざとなれば側近や官僚組織、連邦議会や裁判所が止めてくれるというわけだ。
2期目のトランプ政権のテールリスク
本誌はこの考え方を、無謀なほどの慢心ととらえている。
確かに米国には過去にも欠点のある大統領がいたし、どちらの党からも出ていたから、トランプ政権がまた4年続くことになっても難なく乗り切れるかもしれない。逆に国が繁栄する可能性だってある。
だが、現実主義者を自認する有権者は、2期目のトランプ政権のテールリスクを見落としている。
もしトランプ氏を自由世界のリーダーにしたら、米国民はその経済、法の支配、そして国際平和を賭けるギャンブルに手を出すことになる。
本誌では、何かが桁外れにおかしくなってしまう可能性を定量化できない。そんなことは誰にもできない。
だが、このリスクを最も小さく見積もる有権者は勘違いをしていると本誌は考える。
そんなのは取り越し苦労だ、と意に介さない人もいるだろう。確かに、1期目に心配した最悪の事態は訪れなかった。
国内では減税と経済の規制緩和が行われた。その後、米国は豊かな国のどこよりも高い経済成長を遂げている。
トランプ政権が新型コロナウイルス感染症のワクチン開発に資金を提供したことも称賛に値しよう。トランプ氏自身は国民にワクチン接種を促すことを拒んだとしてもだ。
国外では、トランプ氏は軍事力を前面に押し出し、中国に対決姿勢を取る方向にコンセンサスを形成し直した。
イスラエルと一部の近隣諸国との国交を正常化させたアブラハム合意の仲介にも力を貸した――中東地域では紛争が起きているが、この合意による平和は今のところ維持されている。
トランプ氏はいくつかの同盟国に国防費の増額を促した。
2021年1月6日には権力の移譲を阻止しようと連邦議会議事堂の襲撃を煽動するという言語道断な行動に出たものの、米国の政府機関は屈しなかった。
こうした事態を本誌は2016年時点であまり予想できなかったとしたら、どうしてその警告に耳を傾ける必要があるのか。
それは、今日のリスクが当時よりも大きくなっているからだ。
そしてその理由は、トランプ氏の政策が以前のものより劣ること、世界が以前より危険になっていること、そしてトランプ政権1期目に大統領の最悪の本能を抑制した責任感ある真面目な人々が、根っからのトランプ信者やゴマすり、日和見主義者などに取って代わられてしまったからだ。