(英エコノミスト誌 2024年10月26日号)
地政学がらみの恐怖と金融不安が相まって大きな効果を発揮している。
シンガポールの豪華なチャンギ国際空港から1マイルも離れていないところに、あまりぱっとしない工業団地がある。進出しているのは運送会社や物流会社で、銀行の事務センターもいくつかある。
しかし、一風変わったビルも1棟建っている。
正面がつやのある漆黒で、幾重にも及ぶセキュリティーチェックと堂々とした鉄の扉を何枚かくぐり抜けた奥に、金や銀など計10億ドルを超える宝物が鎮座しているのだ。
「ザ・リザーブ(蓄えの意)」という名前がついたビルは、数十の貸し切り金庫室、数千の貸金庫、そして地上3階建ての高さの棚に貴金属をずらりと並べられる巨大な貯蔵室を備えている。
4年に及んだ改修工事はほぼ完了した。これ以上ないタイミングでグランドオープンを迎えることになる。
なぜなら、金(ゴールド)が大復活を遂げている最中だからだ。
市場に投資家がなだれ込んだ結果、金価格はこの1年で38%上昇し、今では1トロイオンス当たり2700ドルを突破して史上最高値をつけている(図1参照)。
熱気は意外な場所にも及んでいる。
戦争への恐怖感やインフレの再来が消費者の心に火をつけ、米国の小売業者コストコや韓国のコンビニチェーンCUの売り場に金地金がお目見えした。
また金融分断を受けて、昔からある資産への投資意欲が高まるにつれて、中央銀行も関与するようになっている。
世界は新たな「黄金時代」に突入した。
プロの投資家が金投資を避けてきたワケ
プロの投資家は貴金属をさげすむことが多い。それにはもっともな理由がある。
金には利息がつかない。
稀代の投資家ウォーレン・バフェット氏は、金への投資はほかの資産に不安を覚え、かつそういう不安を持つ人がどんどん増えていくと信じこんでいる人のやることだと述べている。
西オーストラリア大学のダーク・バウア氏とライ・ホアン氏によれば、運用資産が1億ドルを超える米国の機関投資家のうち金の上場投資信託(ETF)を保有しているのは4分の1にとどまる。
また、その運用資産額に占める金の割合は1.5%にすぎない。
こうした事情によって、金の価格が上昇してきたにもかかわらず、金ETFの保有量が増加していないことに一定の説明がつく(図2参照)。
貴金属の最大のファンが常に自ら努力しているとは限らない。金を好む投資家たちは、自分たちの賭けを正当化しようと訳の分からない予測を立てている。
特に人気があるのは、米国債のデフォルト(債務不履行)が迫っているという予測だ。
最近では、中国とロシアが金を裏付けにした通貨の発行に乗り出すという、もっとおとぎ話に近い予測も聞かれる。
だが、今日では、世の中はつい数年前に比べても本当に悪くなっていると考える人が増えており、そう考える合理的な理由も多くなっている。