哲学を学ぶことは“思考のストレッチ”をするということ

LIVE配信にて、気鋭の哲学者・戸谷洋志さんに専門的な内容をわかりやすく解説していただいた。

 誰にでも生きているなかで、「ハインツのジレンマ」のような、難しい選択を迫られる時がありますよね。「世の中の道徳規範としてはこちらが正しいが、こっちの方が多くの人を幸せにできるのではないか」みたいな。

 そんな時に、哲学の考え方がひとつの指針になると思うんです。なにかのジレンマに直面したとしても、どちらが正しい判断なのか自分で決めることができる。それが哲学の“効用”のひとつなのではないでしょうか。

 一方で、「ハインツのジレンマ」のような難しい選択に迫られることなく、日常生活をなに不自由なく楽しく過ごしている人もいます。そんな人たちにとって、哲学は意味のないことかと言われると、僕はそうでもないと思っています。

 たとえば、戦争やパンデミックが発生すると、それまで当たり前だったことが通用しなくなり、社会規範や通念などが根底から覆されてしまうような、大きな“破局”に直面することがあります。

 日常生活のなかでも、大切な人が交通事故などで突然亡くなったり、誰かと結婚をして子供が生まれたりすると、それまでの生き方が大きく変わってしまうことがありますよね。

 こうした自分のなかの“常識”が覆された時、当たり前だったことを問い直すことができないと、破局が起きた後の世界を生き残ることができない。呆然とただ立ち尽くしていては、新しい環境で生きていけないと思います。

 そんな事態に陥らないためにも、常識にとらわれない思考の柔軟さが必要です。僕はよく哲学のことを“思考のストレッチ”と表現していて、思考の柔軟性を高めていくことが、哲学の最大の効用だと考えています。

 ちゃんとストレッチをしていない状態で、急に激しい運動をするとケガをしてしまうように、普段から思考を柔軟にしておかないと、大きな変化に直面した時に切り替えていくことができない。

 だからこそ、普段から哲学書を読んでいて損はないんです。

 トレーニングで身体の鍛える“筋トレ”のように、目に見えて自分が変わっていくことはありませんが、柔軟でしなやかな思考を手に入れることで、どんな困難に直面しても自分らしく生きることができる。

 それが哲学を学ぶことの最大の意義なのではないでしょうか。(文・坂本遼佑)

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