『今昔物語集』では死にゆく惟規が僧を怒らせた
そして、放送の最後では、まさかの人物が命を落とす。まひろの弟で、高杉真宙演じる藤原惟規(のぶのり)である。
惟規は大学寮で学んだ後、寛弘8(1011)年に従五位下にまで昇進。越後守に任じられた父の為時とともに越後国へ赴任する。だが、到着してすぐに同地で亡くなってしまう。
『今昔物語集』によると、越後に着いた時点で危篤状態だったという。もはや手の施しようもないと、父の為時は有名な僧を呼び、念仏を唱えさせようとしている。
だが、「次の世に生を受けるまでにさまよう間は、鳥も獣もいない広大な野を歩く。その心細さや、あとへ残してきた人の恋しさは耐え難いものだが、覚悟せよ」と僧から言われると、惟規は「その旅の途中では、嵐に舞う紅葉や、風になびく薄の花などの下で鳴く松虫などの声は聞こえませんか」と質問している。
僧が「何のためにそんなことを聞くのか?」と聞くと、惟規は「それらを見て心を慰めましょう」と答えたところ、僧の目には不真面目な男だと映ったようだ。そのまま怒って帰ってしまったという。
そして、ここからはドラマでも再現されたシーンとなる。惟規が両手を空にあげるしぐさをして、父に筆を持たせてもらうと、紙にこんな辞世の句を詠んだ。
「都にも わびしき人の あまたあれば なほこのたびは いかむとぞ思ふ」
その意味は、まひろが涙ながらに「都にも恋しい人がたくさんいるゆえ、なんとしても生きて帰りたい」と説明している。
またドラマでは、最後の「ふ」を書き切れずに力尽きる様が描写された。『今昔物語集』によると、父がその「ふ」の字を書き加えて、形見にしたという。だが、涙で紙は破れてしまったと記されている。
今回の放送では、序盤で惟規の昇進を祝ったばかりだった。まさにこれからという時の退場に、視聴者のショックも大きかったようだ。
これが完全なフィクションであれば、「なぜこんな残酷な物語を?」と脚本家に文句の一つも言いたくもなるような、心痛める展開だ。だが、大河ドラマはフィクションといえども、歴史人物がいつ生まれて、どんな経歴をたどって、いつ亡くなったかといった基本的な事実は動かせない。
残酷な運命を視聴者も受け止めるほかないだろう。まひろや父の為時、そして乳母のいとが悲しみに暮れる描写には、なんとも切なくて胸が苦しくなった。