演説する台湾の頼清徳総統=10月10日、台北市(写真:ゲッティ=共同通信イメージズ)

台湾の頼清徳総統が、中華民国の建国記念日である10月10日にあたり双十節で演説した。その内容には「祖国論」とも言えるものがあり、中国(中華人民共和国)による台湾統一を完全に拒否し、さらに、「75歳以上の中国人の祖国は中華民国」という巧みな認知戦を仕掛けるものとして注目を集めている。その内容を分析してみよう。

(福島 香織:ジャーナリスト)

 10月10日は中華民国(台湾)にとっての建国記念日にあたる双十節。頼清徳政権となってから初めての双十節式典演説で、頼清徳総統は「中華民国はすでに台湾、澎湖、金門、媽祖などに根付き、中華人民共和国とは互いに隷属していない」「民主自由はこの土地で成長し栄えたのであり、中華人民共和国には台湾を代表する権利はない」「2300万台湾人民は世界に羽ばたき未来に向かうだろう」と語った。

 そして「国家主権の侵犯、併合を断固許さない」と述べ、中国による統一の完全拒否を打ち出した。総統就任式演説に続く「新二国論」をよりはっきりさせた形で示した。さらにこれに先立つ10月5日、この双十節の前夜祭的な晩会で頼清徳総統は「祖国論」を強く打ち出した。こうした国家観の発信は、「頼清徳の巧妙な対中認知戦」とチャイナウォッチャーたちの注目を浴びている。

 頼清徳総統は5日の晩会で、次のように語った。

「私たちは主権の独立した国家であり、常に祖国を愛している」

「最近我々の隣人の中華人民共和国も10月1日に75歳の誕生日を迎えた。それから数日して、中華民国は113歳の誕生日を迎える」「年次からいえば、中華人民共和国は絶対に中華民国人民の祖国になりえない。それどころか、中華民国はおそらく75歳以上の中華人民共和国人の祖国かもしれない」

「中華人民共和国の誕生日を祝福したい人は、お祝いの言葉を正確にして、“祖国”という単語を決して使用しないように」

 この頼清徳の主張は台湾人のみならず中国人民にとっても国家とは何か、祖国とは何かを問いかけるものとして、さまざまな反響が起きた。

 5日の頼清徳の「祖国論」については、10月1日の中華人民共和国建国75周年の国慶節にあわせて、中国芸能界で活躍する多くの台湾人芸能人がSNSの微博で建国記念日を祝福するコメントを投稿したことを受けたものだ。一部の台湾芸能人は、中華人民共和国に対し「祖国」という言葉も使っていたからだ。

 王力宏、伊能静、王心凌、張韶涵、呉奇隆、欧陽娣娣らがSNS微博などで中国の国慶節を祝う投稿を行った。中でも56歳になる伊能静は9月30日に北京の人民大会堂で開催される建国75周年招待会に招待され、その様子や招待状を微博にアップするともに、その感激を微博上に「この上ない光栄」などと投稿、「敬愛する祖国、誕生日おめでとう!」と締めくくっていた。伊能静のこの投稿は中国人SNSで拡散され、賞賛を浴びた。

 台湾で対中政策を担う大陸委員会は同日、「中国共産党は長期にわたり、中国の特定の記念日に台湾の芸能人に政治的立場を表明させていることは周知の事実」と指摘。「中国芸能界で活動する上で従わざるを得ない圧力がある」としたうえで、「台湾の民主と自由を大事にしてほしい」と述べていた。

 だが頼清徳が5日になって、はっきりと、中華人民共和国の建国を祝うときに台湾人は「祖国」という言葉を使うな、と語った。その根拠として中華民国と中華人民共和国の歴史に言及した「祖国論」を打ち出したのだった。

 この祖国論は、2つの点で注目を浴びた。