頼清徳の国家観を理解する5つのポイント

 頼清徳は総統就任以来、台湾の国家観に関わる概念をいくつか打ち出している。

(1)中華民国と中華人民共和国は互いに隷属しない
(2)中国は台湾の土地を占領するのではなく、アイグン条約(1858年、ロシア皇帝が清国に強要した不平等条約)で奪われた領土をロシアから取り戻すべきだ
(3)国連総会決議2758号は台湾には何ら関係なく、中国は意図的に拡大解釈を拡大している
(4)「平和協定」には絶対に調印できない
(5)建国75年の中華人民共和国が建国113年の中華民国人の祖国にはなりえない(祖国論)

 頼清徳政権が打ち出した国家観や歴史観、祖国論に、今のところ中国は正しくロジカルに反論できていない。中国の王毅外相は10日、「台湾は中国の領土の一部分であり、台湾問題は中国内戦の遺留問題で、早晩徹底的に解決し、国家の完全統一を実現できるだろう」と語り、中国の国務院台湾事務弁公庁は「頼清徳は両岸の緊張情勢を激化させ、台湾海洋の平和と安定を深刻に破壊し、台湾海峡の平和安定を挑発して混乱を引き起こし、台湾民衆に災難をもたらすであろう」と定型文の反論を言うだけだった。

 もちろん頼清徳の国家観、祖国論は、一部国民党員たちの中には「国民党が掲げてきた両岸論や大中華思想が民進党に蚕食された」という非難の声もある。また、根っからの台湾独立派の人たちからすれば、「中華民国を使ったロジックで中華人民共和国の統一戦線に対抗しようとすれば、それは『中国の正統性』を争う戦いになり、台湾を『一つの中国』原則という袋小路に追い込みかねない」(台湾独立派団体、基進党主席王興煥発言)といった懸念もある。

 だが、台湾頼清徳政権が複雑な歴史と国際社会の現状を総括して打ち出した国家観、祖国論は、中国が危険な習近平独裁によって国際社会からの信用を落としているタイミングで、中華民国台湾をもう一度、国際社会に国家として認知させる流れをつくりだすのではないか、と思うくらいには説得力、発信力があったと思う。

福島 香織(ふくしま・かおり):ジャーナリスト
大阪大学文学部卒業後産経新聞に入社。上海・復旦大学で語学留学を経て2001年に香港、2002~08年に北京で産経新聞特派員として取材活動に従事。2009年に産経新聞を退社後フリーに。おもに中国の政治経済社会をテーマに取材。主な著書に『なぜ中国は台湾を併合できないのか』(PHP研究所、2023)、『習近平「独裁新時代」崩壊のカウントダウン』(かや書房、2023)など。