温家宝は習近平の権威づけに利用された?

 だから、習近平は、すでに引退して表舞台から遠ざかっていた温家宝を国慶節の宴会に引っ張り出した、というわけだ。これは必ずしも習近平が譲歩して温家宝の考え方に歩み寄ったり、改革路線回帰へと方向転換したりということを意味しない。むしろ、温家宝が習近平に大人しく利用され、習近平の権威を高めるのに協力する形になったのではないか。

 温家宝の訴える「改革」と「習式改革」「中国式現代化改革」は全く逆方向のものであるが、そのイメージをだぶらせることで、党内外の官僚政治家、人民、あるいは国際社会の反発をなだめようとしているのだ。習近平自身の方向性が鄧小平路線逆走、毛沢東的個人独裁路線というのに変化はないと私は考える。

 考えてみれば温家宝は胡耀邦・趙紫陽・江沢民の3代の総書記に中央弁公庁主任として仕えた人物で、胡耀邦も趙紫陽も失脚したのに連座せずに首相にまで上りつめた人物。習近平に仕えても不思議はないかもしれない。

 亡命作家の余傑は、「温家宝は実は腹黒い」といい「影帝」(ハリウッドスター、影の帝王)とあだ名をつけていた。本心がどこにあるのかわからない演技派であり、影で影響力を持つ人物という意味だろうが、その庶民的な温和な親民宰相の素顔は意外に計算高くて要領がいいのかもしれない。

福島 香織(ふくしま・かおり):ジャーナリスト
大阪大学文学部卒業後産経新聞に入社。上海・復旦大学で語学留学を経て2001年に香港、2002~08年に北京で産経新聞特派員として取材活動に従事。2009年に産経新聞を退社後フリーに。おもに中国の政治経済社会をテーマに取材。主な著書に『なぜ中国は台湾を併合できないのか』(PHP研究所、2023)、『習近平「独裁新時代」崩壊のカウントダウン』(かや書房、2023)など。