「習近平vs温家宝の対立」は妄想か

 温家宝は人民宰相のあだ名があるくらいには、庶民人気が高い。また誠実で比較的クリーンなイメージもあり、温家宝と仲良しのふりをすることは、習近平のイメージアップにもなるだろう。

 李瑞環も現役のときは、庶民的言動や江沢民に対する率直な批判、果敢な改革姿勢のイメージがあった。2人に挟まれて習近平が座れば、習近平もなんとなく、庶民人気の改革派の率直なリーダーに見える? と計算したのかもしれない。

 ちなみに共青団派の最長老の胡錦涛は今回の国慶節シーズン、公式行事に姿を現していない。おそらくは健康状態が理由であろう。江沢民元総書記、李克強元首相がすでに死亡した今、長老グループの中で温家宝は比較的若く、頭脳も明晰で、なおかつ庶民からの記憶も新しい人物だ。リーマンショックから中国経済を立て直した時の首相だった(実務指揮は王岐山がとったとしても)し、その存在感は小さくはない。
 
 華人評論家の蔡慎坤がYouTubeで語っていたことが比較的、私の想像と近いのでちょっと紹介したい。

 彼は「習近平が温家宝や李瑞環を自分の隣に座らせたのは、長老たちが自分たちを支持しているということをアピールすると同時に、習近平も温家宝たちの意見に同意しているのだと、というシグナルを発しているのではないか」という見方を示した。

 一般に温家宝と習近平は犬猿の仲、と言われている。温家宝は首相を引退する全人代(全国人民代表大会)の場で「政治体制改革を行わなければ、これまで得た経済的成果を失うことになる」「文革の悲劇を繰り返すことになる」と語った。

 この発言は当時、重慶で「唱紅打黒」といった文革再現キャンペーンを起こし、習近平政権の権力を奪おうと画策していた薄熙来に向けたものだとされるが、当時から温家宝は習近平こそが「文革脳」で危ういとみなしていた、という見方がある。だが、蔡慎坤に言わせると、習近平vs温家宝の対立というのは外国人の想像に過ぎない、という。

 蔡慎坤によれば「温家宝は比較的温和な人柄で、首相在任中も派閥など作らなかった。家族の腐敗問題もおそらくは中央規律検査委から繰り返し調べられてクリーンと判断されているだろう。噂になっているような、温家宝と習近平の対立は、私は基本的に存在しないと思っている。温家宝の性格をいえば、本当の意味で勇気を出してアクションを起こすような胆力はない人物。だから習近平に対しても挑戦的なことはしない。」

「そんな温家宝の立場は、(政治改革を叫びながらも)大前提は体制の安定維持であり、その点で習近平に協力することはやぶさかではないはず。そして温家宝は首相になる前は実務経験豊かな優秀な官僚政治家だった。特に経済方面の経験は豊富だ。習近平政権は粛清のしすぎで、深刻な人材不足に陥っている状況で、4兆元財政出動という思い切った政策でリーマンショックを切り抜けた当時の首相の温家宝に習近平がアドバイスを請えば、喜んで協力するだろう」