社会の不満が日本や日本人に向かいやすい理由

 今回の深圳の男児殺害事件も、6月の蘇州の事件も、犯人の直接的動機が何であれ、本質は中国の社会不安、不満を反映した事件ととらえることができる。だが、同時にその社会の不満が日本や日本人に向きやすい政治的歴史的背景は間違いなく存在する。

 中国人は社会不満を暴力で発露することがよくあるが、共産党政権はそうした民衆の不満を自分たちに向かわないように誘導する。その誘導先が日本であることは今に始まったことではない。

 2005年に起きた反日デモは、最初は明らかに官製デモであった。2010年や2012年の反日暴動も当局による動員があった。反日デモが社会不満の適度なガス抜きとして、ある程度容認されていたことは比較的周知の事実だろう。

 私の考えを言えば、習近平政権になって、中国人民の情緒を反日に誘導する傾向が強まったとみている。理由は、習近平の政策の方向性が鄧小平路線から中国式現代化、習近平式改革という方向に転換したからだ。

 つまり経済至上の政策から安全至上の政策に転換し、米国や日本などと経済を緊密化して先進国の仲間入りを望む方向性から、ロシアやイランの反米国家と組んでグローバルサウスの途上国を引き込み、欧米日本に対抗していく新たな経済圏を構築する方向性に切り替えた。

 反日教育は今に始まったことではないが、胡錦涛政権までは日本との経済関係も重視し、同じ反日でも「コントロール可能な反日」を目指していた。適当なところで関係を回復しようと反日世論を抑えようともした。

 だが習近平政権は日本との経済関係を配慮して、反日世論を抑えようという考えはない。習近平の反日誘導には手加減はない。

 かつて反日世論は、「南京大虐殺」「慰安婦」「徴用工」といった戦争歴史問題、尖閣諸島など領土問題の宣伝、プロパガンダで誘導されてきた。だが、最近は日本の「スパイ問題」、「福島核汚染」「台湾独立に加担」といった問題を喧伝し、過去の歴史ではなく、今後、日本が中国に害をなそうとしている、といったより明確で激しい日本敵視情緒を醸成しようとしている。

 本心では親日的な中国人も、こういう状況で日本人に同情的、擁護的な態度は表にできない。こうして中国人社会全体がより日本人に敵意を向けやすいムードに染まっていくだろう。

 日本政府は中国に再発防止を求めたそうだが、習近平政権が目下行っている手加減のない反日、仇日、日本敵視の宣伝、教育、世論誘導をやめさせないかぎり、またこういう事件が起きうるという覚悟と警戒が必要だろう。

 日中関係が昨年から今年にかけて、明らかに悪い方向へ大きく転換し、それは当面改善されそうにない。2010年や2011年に起きた反日暴動時代以上にやっかいな反日情緒がこれから中国に全面的に広がっていくと私はみている。

福島 香織(ふくしま・かおり):ジャーナリスト
大阪大学文学部卒業後産経新聞に入社。上海・復旦大学で語学留学を経て2001年に香港、2002~08年に北京で産経新聞特派員として取材活動に従事。2009年に産経新聞を退社後フリーに。おもに中国の政治経済社会をテーマに取材。主な著書に『なぜ中国は台湾を併合できないのか』(PHP研究所、2023)、『習近平「独裁新時代」崩壊のカウントダウン』(かや書房、2023)など。