「まだやれる」「移動手段がなくなる」…対策急務
運転免許証の自主返納を進めるため、各地の警察や公安委員会、地方公共団体などは地元の経済界などと協力し、高齢の返納者にはさまざまな特典を付与する仕組みを作っています。返納後に発行される「運転経歴証明書」を提示すれば、飲食店や小売店、宿泊施設、公共交通機関などで優待サービスを利用できるというものです。
優待サービスの内容はさまざまです。目立つのは量販店などで商品を購入した際の割引や無料配達ですが、ほかにも路線バスやタクシーの運賃を軽減、カフェでのドリンク1杯無料、電動アシスト自転車の割引、補聴器の訪問サービス、預金金利の上乗せ、水回りの修理の割引などがあります。地域によって差はありますが、高齢者の暮らしをサポートするために考えつきそうなサービスはほとんど網羅されていると言えるかもしれません。
それでも自主返納が進まない背景には、いくつかの理由がありそうです。
1つは「過信」。高速道路運営のNEXCO東日本の意識調査によると、運転に「とても自信を持っている」「自信を持っている」というドライバーは、66〜69歳で73.5%でした。ところが、70〜74歳は75.0%、75〜79歳は79.4%。高齢になればなるほど「運転に自信がある」人は増加していくのです。
一方、同じ調査で「免許を返納してもよいと思う年齢」を尋ねたところ、全世代平均では79.1歳という高齢でした。他の意識調査でも同様の傾向は出ており、「自分はまだやれる。大丈夫」という思い込みが自主返納を遅らせていることがわかります。
そしてもう1つは、免許を失えば移動手段が極端に制限され、日常の買い物や通院などに大きな支障が出かねないことです。公共交通が発達した都市圏では代替手段が確保できる可能性が高いものの、近隣の病院やスーパーまで車で数十分以上もかかる地方圏では自家用車以外の移動手段は容易に確保できません。
広大な面積を持ち、札幌圏以外では急速な過疎化・高齢化が進む北海道は、その象徴的なエリアと言えるでしょう。北海道が2020年に実施した65歳以上の高齢ドライバーとその家族への意識調査によると、家族らが勧めても免許を返納しなかった理由として最も多かったのが「買い物など生活維持が難しい」(29.6%)でした。次いで病人が出た際などの「緊急時に必要になるかもしれない」(15.0%)、「公共交通手段が少ない」(14.1%)などの順となりました。
同じ調査で運転に自信があるかを問うた質問では「ある」「ややある」が計93.8%に達しました。一方、免許返納を「勧めたことがない」家族も74.1%。その理由のトップは「日常の買い物が不便そう」でした。高齢とはいっても運転には自信を持っているうえ、車があれば日常の買い物も人に頼らずに済むし、いざというときの通院にも手放せない――。そういった地方圏の実情が目に浮かぶような結果です。
高齢ドライバーによる悲惨な事故を防ぐには、免許更新時の対策や自動車の改良といった事柄だけでは足りず、地域の生活全体を考えた抜本的な対策が不可欠なことは間違いありません。2025年以降は団塊の世代(1947〜1949年)が丸ごと75歳以上となり、高齢者ドライバー激増の時代を迎えます。本格的な対策は待ったなしです。
フロントラインプレス
「誰も知らない世界を 誰もが知る世界に」を掲げる取材記者グループ(代表=高田昌幸・東京都市大学メディア情報学部教授)。2019年に合同会社を設立し、正式に発足。調査報道や手触り感のあるルポを軸に、新しいかたちでニュースを世に送り出す。取材記者や写真家、研究者ら約30人が参加。調査報道については主に「スローニュース」で、ルポや深掘り記事は主に「Yahoo!ニュース オリジナル特集」で発表。その他、東洋経済オンラインなど国内主要メディアでも記事を発表している。