「久保公式以降」を育てた名著の「演習書」

 さて、物理で久保先生というと、「物理屋を称しても知らなきゃモグリ」という統計力学の演習書があります。

 現役教授時代は鬼教官としても知られたそうですが、この本はまさに名著というか、詳細で懇切な解と計算が記され、久保門下から20世紀後半の統計・物性物理を支える綺羅星のような俊英が育った土壌を余すことなく示しています。

 私はここに「まき」夫人の「論語と和算」の精神が繋がっているような気がしてなりません。

 こういう、一切値引きのない指導、厳しいですが懇切丁寧、明鏡止水で一点の曇りもない学風が、いったいどこから来るのか?

 長らく不思議に思っていたのですが、家族が教えたり教えられたり、若い伯父さんと中途半端な値引きなく徹底して議論するような空気が、のちの、あの多士済々の「久保研究室」を生み出す揺籃になったとすれば、全く合点のいく話です。

 だいたい、お祖父さんの「ジョージ」氏が洋学、英学なのに、その息子の天随氏が漢籍に通じた名文家となったのは、明らかにお母さん、「まき」さんの影響が絶大だったからでしょう。

 しかも「論語」と「和算」というのが凄いところです。

 文武両道だけでなく「文理併修」は江戸時代の日本では、サムライのデフォルト教育になっていた。

 私は1999年に人事があって、東京大学で「文理融合」組織に任官しましたが、縦穴を掘る習性の生き物が多い動物園だったようで、ものの5年で「文理分離」に空中分解するという、マンガのような大失敗を目の当たりにしたことがあります。

 そういう人工的なのは、寿命が短い。

 東大でも最も歴史のある保守本流、理学部物理学科が実は原点以前から「文理併修」が当たり前だったという、真のオーソドックスを強調すべきだと、改めて思いました。

 本稿に記した久保先生の詳細を教えてくださった「亮五伯父さん」の姪御さんは、長年大変懇意にしてくださる、ご自身も「理系(リケ)ジョ」の鑑のような方です。

 事前に草稿をお見せしたところ「私の部分は消して」とのことでしたので、残念ながら割愛させていただきましたが、その学統が現在、そして未来まで続いていることは、記しておきたいと思います。