アブノーマルな性は「性の探究」か「犯罪や暴力衝動」の兆候か

──『奇譚クラブ』が取り上げた様々な「アブノーマル」な性行為や性衝動を「性の探究」と考えるか、危険な「犯罪や暴力衝動の兆候」と捉えるか、という点に関しては、本書で繰り返し議論されています。

河原:この本では、吾妻新、沼正三、土路草一、古川裕子という、主に4人のSM作家たちを取り上げました。それぞれかなり異なる考えを持っていた作家たちです。中でも一番リベラルで現代人に感覚が近いのが、サディストで作家の吾妻新でした。

 サディズムを持っているだけで悪なのか、サディストが善良な市民として社会で生きていくにはどうすればいいのか、どのように幸福な性生活を愛する相手と営めるのか──。吾妻はそういうことを一生懸命に考えて、理論家して提案した人です。

 彼はSM実践には同意が必要であり、かつ双方が対等な関係でなければならないといった主張をしており、明治生まれですが、その感性はとても現代的です。

 対照的に、沼正三という人は、もちろん戦後の平和を大切にしていた人ですが、幼い頃や戦中に身につけた様々な価値観を捨てきることはせず、そこにマゾヒズムを結びつけて様々なことを夢想した作家です。土路草一、古川裕子も同じく、実践よりは夢を語った作家たちですね。

 この本は三部構成になっていて、第二部で吾妻新を中心としたリベラルな主張を取り上げていますが、第三部の最後では、古川裕子が吾妻の主張を打ち砕きます。私は古川裕子がこの4人の中では最もラディカルで大事な存在だと思っています。

 そうしたことを互いに主張して議論し合うことができる場が『奇譚クラブ』だったのですが、残念なことに1955年の弾圧で『奇譚クラブ』がいったん休刊に追い込まれ、その流れは一度断ち切られます。古川も吾妻も、1955年を境に『奇譚クラブ』から消えてしまうのです。(後編「現代的な女性解放論を展開したサディスト・吾妻新と『家畜人ヤプー』の沼正三はなぜ女性のズボンで激論を交わしたのか?」に続く)

長野光(ながの・ひかる)
ビデオジャーナリスト
高校卒業後に渡米、米ラトガーズ大学卒業(専攻は美術)。芸術家のアシスタント、テレビ番組制作会社、日経BPニューヨーク支局記者、市場調査会社などを経て独立。JBpressの動画シリーズ「Straight Talk」リポーター。YouTubeチャンネル「著者が語る」を運営し、本の著者にインタビューしている。