駅舎の復原に立ちはだかるハードル、鉄道事業者の「事情」

 それ以上の問題点として、時代とともに私たちの生活スタイルが大きく変わったという要因がある。

 例えば、戦前期まではバリアフリーの概念すらなかったが、現代はバリアフリーが当たり前になり、駅にはスロープやエレベーターが必ず設置されている。

 設備面に関しても駅トイレは水洗が当たり前になり、和式から洋式へと変わった。戦前期にはエアコンもなく、自動改札や自動券売機も存在しない。これらは駅を快適にする設備であり、昔ながらの駅舎へと復原させるために取っ払うことは難しい。

 さらに駅舎の復原には、もうひとつハードルがある。それが経済性の問題だ。

 駅舎建築と同じく、社寺建築・城郭建築・庁舎建築なども復原や保存という問題を抱えているが、こちらは主に自治体をはじめとする公的機関が所有・管理している。その原資は税金に依るところが大きい。

 一方、駅舎は鉄道会社の資産なので、その維持・管理にかかる費用は基本的に鉄道事業者が負担する。歴史的・文化的な価値が高い駅といえども、本来の目的は鉄道の乗降場であり、鉄道会社が稼ぐためのツールである。そのため、経済性を無視した復原や保存を受け入れることは難しい。

 特に、近年は東京や大阪といった大都市圏において、駅前や駅ナカは一等地として不動産価値が高まっている。鉄道事業者もこれらの収入に経営を支えられていることは否めない。

 莫大な費用を投じて駅舎を復原させるよりも、駅舎を高層化・大規模化させる方が貸し出せる床面積が増え、当然、賃貸収入の増加も見込める。経営的な観点で見れば、どちらが最善の選択かは明らかだろう。社寺建築・城郭建築・庁舎建築と駅舎では、このあたりの経済的事情がまったく異なる。

 今年4月、JR東日本は原宿の木造駅舎の再現工事を始めるに当たってイメージパース図を公開した。

 用途は商業施設になっており、そのイメージ図では木造駅舎そのものに外形的な変化は見られないが、左右を4階の建物に挟まれている点などを踏まえると木造駅舎を取り囲む部分が商業店舗になることが予想できる。できることなら、駅舎を歴史的・文化的に保存するのではなく、集客力がある施設として活用して稼ぎたい。だから復原ではなく、再現にしたいという本音が透けて見えてくる。

 今後は人口減少により鉄道利用者も相対的に減り、鉄道本体の減収が見込まれる。原宿駅の木造駅舎が再現と表現せざるを得ないのは、こうした懐事情によるところも大きいと言えるだろう。

【小川 裕夫(おがわ・ひろお)】
フリーランスライター。1977年、静岡市生まれ。行政誌編集者を経て、フリーランスのライター・カメラマンに転身。各誌で取材・執筆・撮影を担当するほか、「東洋経済オンライン」「デイリー新潮」「NEWSポストセブン」といったネットニュース媒体にも寄稿。また、官邸で実施される内閣総理大臣会見には、史上初のフリーランスカメラマンとして参加。取材テーマは、旧内務省や旧鉄道省、総務省・国土交通省などが所管する地方自治・都市計画・都市開発・鉄道など。著書に『渋沢栄一と鉄道』(天夢人)、『東京王』(ぶんか社)、『全国私鉄特急の旅』(平凡社新書)、『封印された東京の謎』(彩図社文庫)、『路面電車の謎』(イースト新書Q)など。共著に『沿線格差』(SB新書)など多数。