ジャクソンホールで議論すべきだったテーマ

 この点に関し、パウエル議長は完全雇用時の失業率がパンデミック前よりも低くなっている可能性に言及している。

 具体的には求人数の失業者に対する比率や雇用率がパンデミック前の水準まで落ち着きを見せており、賃金の伸びも鈍化している状況に照らせば、「インフレ率が2%以下にあった2019年よりも労働市場は逼迫していない」との判断をパウエル議長は口にしている。

 現状、確かに賃金ははっきりとピークアウトしており、これが個人消費支出(PCE)デフレーターを基調的に押し下げるに至っていることを思えば、パウエル議長の弁に表れるFOMCの基本認識は正しそうではある。

米国の平均時給とコアPCEの推移
拡大画像表示

 ちなみに、「最大雇用実現時の失業率がパンデミック前よりも低い」という事実の背景としては、労働供給が細っていることが挙げられ、さらにその背景としてはパンデミックを契機として、資産価格急騰に直面した高齢者層で早期引退が増えたことや移民制限、価値観の変容などが持ち出されることが多い。

 いずれの要因を重視するにせよ、FRBが「最大雇用実現時の失業率がパンデミック前よりも低い」という事実を前提とする限り、当面は利下げが重ねられるとしても、それが過剰に至る懸念は小さいという話になる。

 とはいえ、労働供給減少の確度に関し、いずれの要因を重視し、その持続可能性をどう見るかについてはコンセンサスがあるとは言えない状況でもある。

 こうしたパンデックを境とする米労働市場の構造変化は金融政策運営にとっても極めて重要な論点になるはずであり、本来的にはジャクソンホール経済シンポジウムにおいてパウエル議長が正面から取り上げても良い話であったように思える。

※寄稿はあくまで個人的見解であり、所属組織とは無関係です。また、2024年8月26日時点の分析です

【著者の関連記事】
セブン&アイに対する5兆円規模の買収提案、「対内直接投資100兆円」という政府目標から見える“日本買い”の未来
「ポスト岸田」で金融政策はどう変わるか?自民党総裁の有力候補の政策姿勢
株価大暴落で「オルカン」も純流出に、超円安を演出した新NISA経由の「家計の円売り」は今後も続くか?
米国の利下げで日本はどれだけ円高になり得るのか?貿易赤字国に転落した日本の円高反発力に疑問
株価大暴落の原因「600兆円の円キャリー取引説」の違和感、「円安バブル」崩壊で円高は再来するのか?
4カ月連続で300万人の大台を超えたインバウンド、「量から質」の転換は本当に進んでいるのか?
米大統領選後の為替相場、トランプ氏が勝利した場合のメインシナリオ
「戻らぬ円」の元凶、10年以上続く直接投資のトレンドは地政学リスクとインフレ時代の到来で変わるか?
「33年連続・世界最大の対外純資産国」なのに貧しく感じるのはなぜか?「戻らぬ円」が示す残念な現実
円安抑止の処方箋、NISA国内投資枠の導入で「家計の円売り」は抑えられるか?
円安を調整するのはインフレ経済か?人手不足と賃金上昇はもはや既定路線の日本経済
今の日本は「仮面黒字国」、戻らぬ円とデジタル農奴がもたらす終わりなき円安
デジタル赤字だけではない「もう一つの赤字」が食いつぶすインバウンドの黒字
今年の円高・ドル安は長期円安局面の小休止か、既に転換した「円高の歴史」
NISAとiDeCoで動き出す資産運用立国、「貯蓄から投資」で始まる円売り圧力
※他多数。詳しくは著者ページをご覧下さい。

唐鎌大輔(からかま・だいすけ)
みずほ銀行 チーフマーケット・エコノミスト
2004年慶応義塾大学卒業後、日本貿易振興機構(JETRO)入構。日本経済研究センターを経て欧州委員会経済金融総局(ベルギー)に出向し、「EU経済見通し」の作成やユーロ導入10周年記念論文の執筆などに携わった。2008年10月から、みずほコーポレート銀行(現・みずほ銀行)で為替市場を中心とする経済・金融分析を担当。著書に『欧州リスク―日本化・円化・日銀化』(2014年、東洋経済新報社)、『ECB 欧州中央銀行:組織、戦略から銀行監督まで』(2017年、東洋経済新報社)、『「強い円」はどこへ行ったのか』(2022年、日経BP 日本経済新聞出版)。