「第一にSUVというのは速く走れる高価な自動車で、誰もが乗れるわけではない。すでに起こっている気候危機の影響を抑制するために、限られた資源をどう消費するか、社会で決断する必要がある。一握りの富裕層が元のライフスタイルを継続するための非効率な乗り物ではなく、より多くの人が利用できる公共交通にたくさん投資すべきだ」

 また、EV自体が環境に与える影響も大きいことを環境団体は指摘する。

「EVに投入されるすべての資源を考慮すると、環境面でどれだけ優れているかは未知数だと言う人もいる」

環境活動家らは、自家用車ではなく、トラムなど、環境によく、より多くの人が利用できる公共交通を主軸とした交通の未来を訴える(C)Tim Wagner/Disrupt提供環境活動家らは、自家用車ではなく、トラムなど、環境によく、より多くの人が利用できる公共交通を主軸とした交通の未来を訴える(C)Tim Wagner/Disrupt提供

 EVバッテリーの生産に必要なニッケルやコバルトなどの資源の採掘には多くの問題が伴う。世界の約半分のニッケルを産出するインドネシアでは、採掘にあたって大気や水、土壌の汚染などの問題が指摘されている。同国ではニッケル加工のために石炭発電所が新たに建設され、二酸化炭素を排出している。また、世界のコバルトの約70%を産出するコンゴ民主共和国では採掘現場での児童労働と危険な労働環境が報告されている。

 これらの問題に対しては、EU(欧州連合)もドイツ政府もサプライチェーン法を制定し、環境・人権面でのサプライチェーンのデューデリジェンス実施を義務付けた。ドイツではすでに施行されており、大企業には一次サプライヤーにおけるリスク特定とその軽減が求められている。しかし、それで十分なのかは未知数だ。

工場での劣悪な労働環境

 現在、ドイツのテスラ工場では約1万2000人が働いており、拡張されれば雇用は2万2500人まで増えると言われている。

 しかし、テスラ工場では、労働安全よりも製造スピードが優先され、労働事故が多いことは、たびたびドイツで報道されてきた。「シュテルン」の調査報道によると、緊急医療要請が工場開設後1年間で247回あったという。従業員数に換算すると、ドイツ南部のインゴルシュタットにあるアウディ工場の3倍だという。

「チェコやポーランドなどの近隣国からの出稼ぎ労働者や、シリアなどの国からベルリンに来て、ドイツで良い仕事に就けなかった人たちにとっては、テスラはいい就職先だろう。でも、このような労働環境で働くことが本当にいいことなのだろうか」と環境団体を取りまとめてきたカムは話す。

 テスラは米国で労働組合結成を試みた従業員を解雇し、いまだ公式の労働組合は結成されていない。一方、産業別の労働組合が整備されるドイツでは、労働安全上の危険さや、長時間労働への懸念を理由に、金属産業労組(IGメタル)にテスラの労働者1000人以上が加わった。IGメタルは、テスラが労働者に提示する給料が業界水準より20%程度低いこと、秘密保持契約の締結によって労働条件について語ることを制限されていると指摘している。

工場拡張に反対する国政政党はAfDだけ

 このように多様な抗議運動、地元住民の大多数による反対票があったが、グリューンハイデ地方議会は5月16日、テスラの拡張計画を可決した。

「テスラ、連邦政府、州政府から強い圧力があったのだろう。工場拡張に不満を持つ住民は市議会選挙で意見を表明しようにも、皮肉にも工場拡張に声高に反対しているのは、極右政党『ドイツのための選択(AfD)』だ」とカムは言う。

 AfDはテスラ反対を訴えるが、その裏にあるのはモビリティの転換への反対だ。同党はガソリン車やディーゼル車の継続を支持し、EV自体に懐疑的な姿勢を示してきた。一方、政権入りしている環境政党「緑の党」は、EV生産と利用を重視しており、テスラ工場拡張を支持してきた。

 5月13日、反移民で権威主義的な発言をするAfDに対する過激派組織の疑いについて裁判で争われていたが、ミュンスター行政裁判所はその訴えを認め、国内情報機関「連邦憲法擁護庁」による監視を認めた。しかし、6月9日に行われたグリューンハイデ地方議会選挙では、AfDが5年前の前回選挙より大幅に票を増やし、18議席中2席増やして4議席を占めるようになった。

 一方、テスラの工場建設を支持してきたドイツ社会民主党(SPD)も、同選挙で1議席を増やし、AfDと共に最大政党となった。テスラ工場の拡張問題は、住民間の分断ももたらしている。

駒林歩美
(こまばやしあゆみ) ドイツ在住のフリーランスライター。東京大学卒業後、コンサルティング会社、東南アジアでの勤務を経てヨーロッパに移住後、フリーランスに。講談社『クーリエ・ジャポン』などのメディアで、欧州事情やドイツ社会について伝える。オランダ・エラスムス大学経営学修士、英国ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン 教育大学院 教育学修士。

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