新潮社の会員制国際情報サイト「新潮社フォーサイト」から選りすぐりの記事をお届けします。
ショルツ政権の予算流用に対する違憲判決は、ドイツの歴史でも異例のことだ(写真:AP/アフロ)ショルツ政権の予算流用に対する違憲判決は、ドイツの歴史でも異例のことだ(写真:AP/アフロ)

(文:熊谷徹)

ドイツの政局が混乱している。11月15日に連邦憲法裁判所が下した、ショルツ政権の予算流用に対する違憲判決がきっかけだ。未曽有の予算危機に直面した連立与党間の溝は深く、総選挙の前倒しを求める声も出ている。

 ドイツでは12月中旬になると街角にクリスマス・マーケットが開かれ、歳末ムードが深まる。だが2023年の師走は、多くの政治家、中央省庁の官僚たちによって「最悪のクリスマス」として記憶されるだろう。

 その引き金は、11月15日に連邦憲法裁判所が下した判決である。この日第2法廷のドリス・ケーニヒ裁判長は、「ショルツ政権が22年初頭に、コロナ・パンデミック向け特別予算の内、余っていた600億ユーロ(9兆6000億円・1ユーロ=160円換算)を、コロナと無関係の経済の脱炭素化やデジタル化のための『気候保護・エネルギー転換基金(KTF)』に流用したことは違憲」と断定した。この予算措置を含む21会計年度の第二次補正予算は無効とされた。

 ドイツ版GX(グリーントランスフォーメーション)・DX(デジタルトランスフォーメーション)のための予算の内、600億ユーロの国債発行権が突然使えなくなった。連邦憲法裁の判決に対しては控訴や上告ができない。ショルツ政権は、KTFから補助金を投じて、化学メーカーや製鉄所の熱源の化石燃料から水素への切り替え、再生エネルギー発電設備の建設の加速、老朽化した鉄道インフラの整備、EV(電気自動車)充電設備の増設、外国の半導体工場の誘致などを予定していた。多くのプロジェクトが宙に浮き、産業界で不安が強まっている。

 判決の背景にあるのは、憲法(基本法)の債務ブレーキという規定だ。16年以来連邦政府は、この規定により国内総生産(GDP)の0.35%を超える財政赤字(新規債務)を禁じられている。だが連邦政府は、20年のコロナ・パンデミックと22年のロシアのウクライナ侵攻という想定外の危機に対処するために、多額の財政出動を迫られた。このため連邦議会は政府の求めに応じて、20~22年の3年間を緊急事態に指定して、連邦政府が追加的な国債を発行できるようにした。

 21年12月に就任したオラフ・ショルツ首相は、コロナ・パンデミックのための特別予算「経済安定化基金(WSF)」の内、国債発行権600億ユーロが使われずに残っていたことに着目した。彼はこの600億ユーロを、新政権が予定していたグリーン化・デジタル化プロジェクトなどに流用させた。

 連邦憲法裁は、「ショルツ政権は、なぜコロナ・パンデミックのための国債発行権を、脱炭素化など他の目的に流用できるのかについて、十分に国民に説明しないまま、予算の付け替えを行った」と批判し、600億ユーロを他の財源によってまかなうよう命じた。

◎新潮社フォーサイトの関連記事
【再掲】ヒンドゥー至上主義が正当化されるインド・モディ政権の「民主主義観」
JA共済連の現役職員が組織の腐敗を告発(下)――「商品やサービスは他社より劣っている」
自衛隊唯一の海外「拠点」、ジブチとの関係から開ける展望