その後、シャープのJDI救済は、思わぬ形で実現した。
JDIは2015年3月に白山工場の建設を発表し、翌年12月から稼働させていた。この工場は、同社がアップルからの借金で建設したiPhone用液晶ディスプレイ工場だった。
だがその後、アップルがスマホ用ディスプレイを液晶から有機ELに転換し始めると、白山工場の稼働率はガタ減りになった。そのためJDIにとって白山工場は重荷になっていった。アップルは、資金に余裕があるため、液晶ラインを塩漬けにすることも平気だったのだ。
そうした中、紆余曲折を経て、シャープは、アップルからの依頼もあり、JDI白山工場の買収に名乗りを上げた。世界的にも液晶から有機ELへシフトし始める状況の中、あえて液晶に逆張りし、アップルからも有利な条件を引き出した。
戴氏は、白山工場の買収について、著書『シャープ再生への道』(日本経済新聞出版)に以下のように記している。
「悩んだ末に買収を決断した。(中略)いわゆる『残存者利益』を狙う戦略が成立する経営環境にある」
正直、この言葉には違和感を覚えた。
シャープの創業者の「経営理念」では、独自性のある商品を開発して「先行者利益」を得る戦略が中心である。液晶パネルに注力するのであれば、新たな用途を開発するなり、革新的な技術改良などを模索するなりするのが当然だろう。ところが、他社が撤退するなか自社のみが業界に残って「残存者利益」にあずかろうという戦略は、シャープの経営理念的にはありえない。
このJDI救済が、戴元社長の経営が「経営理念」から現実経営にブレはじめた分岐点と言える。
人材育成戦略にも揺れ
後継者選びでも、戴氏はブレを見せた。
戴元社長は、私と面談した際に、次のように述べていた。
「鴻海からシャープの組織に入るのは私一人としました」
当時はまさにそういう思いでいたのだろう。
2016年にシャープの社長となった戴氏は、18年に会長兼社長に、そして20年には会長兼CEOとなった。この時点で、後継者としてシャープ生え抜きの野村勝明氏を社長兼COOに選んでいる。
だが2022年4月、戴氏がCEOの座を譲ったのは副会長になっていた鴻海出身の呉柏勲氏だった。このとき自らは会長になっていたが、2カ月後の6月には、完全にシャープから身を引き、呉氏を社長兼CEOとした。このとき、社長だった野村氏も戴氏とともに退任している。最終的には戴氏は、鴻海出身者を後継者に選んだのである。
この点において、人材育成戦略にもブレが見てとれる。