(文:徳永勇樹)
ぶぶ漬けはいつ出されるのだろう……。京都人の“いけず”に怯えながらも職人たちへのヒアリングを終え、「伝統工芸レッドデータブック」は完成した。これによって茶道や花街といった無形文化と、そこで使われる伝統工芸品、さらにその原材料との繋がり=ネットワークが可視化され、共通の課題と解決策を見出すことができるのではないか。調査を通じて京文化の奥深さを再認識した筆者は、「繋がり」こそが文化の本質との仮説にたどり着く。
※前編はこちら(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/80882)
伝統工芸品を取り巻く状況への理解が徐々に深まっていき、いよいよ職人の方々に直接話を聞きに行こうという段階になっていた。ありがたいことに、沢山の人が調査に関わってくださった。本業や「桃太郎プロジェクト」(https://www.fsight.jp/articles/-/50266)を抱えながらの参画だったため、最初に「私が伝統工芸マップを作ります」と宣言してから、既に1年半が経過していた。
しかし、ここからがさらに大変だった。折に触れて、様々な人に「京都の伝統工芸を調べたい」という話をして回っていたお陰で、「絶対に無理! やめた方がいい!」という助言を頂き凹んだことも数知れず。彼ら曰く、「京都の人は難しい。何を考えているかわからない」「自然に“いけず”をするから気をつけろ」。京都人にまつわるインターネット上の記事を引用しながら、いかに京都が大変な街かを説明してくれる人も現れた。
「ぶぶ漬け」に怯えながら始まったヒアリング調査
1人ならともかく、複数の人からこのような話を聞くので、私も「ぶぶ漬けはいつ出されるのだろうか?」と怯えてしまい、「コーヒーのお代わりを勧められても、それは早く帰れという意味だから、真に受けてはいけない」「時計を褒められても帰らないといけないから、敢えて時計はしていかないようにしよう」など、変なルールを作っていた。「食事に誘われたら2回は断れ」といった話もあったが、結局その真偽もよくわからないまま本当に食事に誘われてしまい、「予定も特にないですし、お腹も空いていますし、なんなら一緒に行きたいのですが、今日はすみません」と断ったこともあった。誘ってくれた人も変な顔をしていた。
後に、こうした類の話は、全く役に立たない無意味な知識だということが判明した。「京都人はプライドが高い」というのは、自分たちが持っているものを大事にしている証拠であって、あえて遠回しな言い方をするのは(大きそうで小さなコミュニティゆえに)喧嘩にならないための配慮なのだ。相手が大事にしているものにできる限り寄り添い、価値を是認する。相手の感情の機微に気を付けて、極力迷惑をかけないようにふるまう。
そうした気配りに、関西人ならではのユーモアが掛け合わさるとこうなるのだな、と納得してからは、自然体で京都の人と向き合えるようになった。むしろ、変な京都像を作り上げていたのは、少ない経験で面白おかしく話したがる筆者のようなよそ者だったのではないか、と思うようになった。
もちろん、厳しい局面は何度か訪れた。職人さんたちは、寡黙でありながら自分の好きなことにまっすぐで、話し始めると止まらない人も多かったが、中には、筆者が調査の意図を伝えきることができず、「君に話すことはないから帰りなさい」と軒下で断られ、後日再度お願いに上がり、ようやく話をしてもらえたこともあった。
68品目全てを調べきることを目標に掲げた以上、全ての職人さんに会いに行こうと歯を食いしばって頑張った。当時は東京で勤務をしながら、土日を利用したり休暇を取得したりして、一時期は毎週のように東京と京都を往復していた。精神的にも肉体的にもタフな日々が続いたが、日々新しいことを学べて非常に嬉しかった。
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