スギ花粉症治療薬「シダキュア」に集まる期待

 常識的に考えれば、後発医薬品は安売り競争をすべきだ。薄利多売なので、企業は合併を繰り返し巨大化せざるをえない。こうやって安定供給を維持する。なぜ、我が国の後発品メーカーは中小企業でやっていけるのか。それは不適切な規制で守られているからだ。このような規制は利権へつながり、社会を停滞させる。我々は、世界情勢を踏まえ、もっと自分の頭で考えるべきだ。ところが、「安定供給」と呪文のように唱えるだけで、冷静に考えることができない。これは子どもの所業だ。

 このような事例は枚挙に暇がない。最近、このことを痛感したのは、スギ花粉症治療薬「シダキュア」の扱いだ。

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 シダキュアとは、鳥居薬品が販売しているアレルゲン免疫療法薬だ。現状ではスギ花粉症を治す唯一の治療法である。スギ花粉が飛散していない6〜12月に治療を開始し、毎日1錠服用を3〜5年間継続する。服用した患者の約2割が治癒し、約3割が大きく改善する。

 治療への反応には個人差があるが、私の外来でも「シダキュアをやってから、花粉症が随分と軽くなりました」という患者が大勢いる。

 販売元の鳥居薬品の業績は好調だ。2023年12月期の売上は546億円で、前年比11.7%増だった。牽引したのはシダキュアで、前年比18.2%増の114億円を売り上げている。

 シダキュアに対する期待は高い。政府は「花粉症に関する関係閣僚会議」を立ち上げ、昨年5月には鳥居薬品に、年間の供給量を今後5年間で現状の4倍である100万人分に増やすように要請した。鳥居薬品も「真摯に対応させていただく」と表明している。

 シダキュアはスギ花粉エキス原末製剤で、原料は森林組合から調達する。製薬企業が扱い慣れている低分子化合物と異なり、製造から製品管理まで手間がかかる。鳥居薬品は専門部署を設置し、政府の要請に懸命に応えている。

「売れたら強制値下げ」の日本市場

 ところが、その前途は多難だ。それは厚生労働省が梯子を外す可能性が高いからだ。問題は、当初の予想を超え大量に売れた薬は、その効果がどうであろうが、大幅に値下げするという「市場拡大再算定制度」の存在だ。

 この制度は、薬の年間売上額やそれが当初予想の何倍になったかによって計算方法が変わり複雑だが、下げ幅は最大で半額になる(年間売上が1500億円以上で、基準年間販売額の1.3倍を超える場合)。シダキュアが該当すると考えられるのは、年間売上が150億円以上で、当初予想の2倍以上となる場合だ。薬価は最大15%引き下げられる。これでは鳥居薬品は利益が出ない。同社は、昨年8月の決算説明会で、このリスクに言及している。

 残念なのは、この問題にマスコミはもちろん、業界誌や医薬専門家がほとんど言及しないことだ。こんな対応をすれば、世界から日本がどう見られるかは自明だ。私が「日本人は12歳」というのもおわかり頂けるだろう。

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