(勢古 浩爾:評論家、エッセイスト)
※本稿は『バカ老人たちよ!』(勢古浩爾著、夕日新書)より一部抜粋し、加筆したものです。
ノンフィクション作家でジャーナリストの堤未果は、アメリカが「9.11」(2001年)に襲われた日、ツインタワーに隣接する世界金融センタービル20階にある米国野村證券に勤めていて、惨劇を目の当たりにした。それだけでなく、身をもってあの阿鼻叫喚を実際に体験した。
彼女は人が一生に一度も体験する必要のない「地獄」を見たのである。
それからのアメリカは狂気だった。
米政府は「対テロ」政策を狂ったように最優先して国民を締めつけ、社会は恐怖をあおった。アメリカは一夜にして根底から変わってしまった。
人々は争って銃を買った。あらゆる表現手段が監視の対象になった。対テロ政策にすこしでも懸念を示した者は、連行され、解雇された。大した証拠もないのに、大量のテロ容疑者が拘束された。
どんな国も、予想外の危機に見舞われれば、おなじだ。理性も冷静さもあったものではない。感情的になって集団発狂する。
堤未果は、個人の意思などゴミのようにしか見做さないようになったそんな様変わりした社会にあって、強烈なストレスとPTSD(心的外傷後ストレス障害)に襲われた。「外に出るのが怖く」なった。ついには仕事を辞め、帰国した。「人と会うことも嫌になっていた」
僧侶が勧めた「人断ち」
人はときに、世間や人間関係がうっとうしく感じられることがある。わたしはコロナ騒動で静まり返った街や電車や店は大いに気に入ったが、一方で、右往左往する政府自治体や、付和雷同する世間や、マスコミや芸能人がいっぺんにうっとうしくなった。
その結果、それまで好きだったテレビ(野球やバラエティやお笑い)が急に嫌になった。それらの間で蔓延しているわざとらしい作意(作為)が鼻につくようになったのだ。
何事にもやる気を失った堤未果を、母親は荒行を成し遂げたというお坊さんのところに連れていってくれた(比叡山か、奈良の大峰山の千日回峰行者だろうか)。