動物界には、人間のヒゲに該当するものがない

 ヒゲが威嚇のしるしだというガスリーの説は正しいかもしれないが、動物界で厳密に人間のヒゲと類比できるものはない。サルが歯をむくときにメッセージとなるのは、印象的なあごの毛ではなく、歯である。

 さらにヒゲには反対の効果もありえる。口と歯をむしろ小さくみせるからである。武器理論では装飾理論と同じように、個別の検証が使えるだろう。もしもヒゲが女性に印象を与えるよりも男性を威嚇するためのものだとするならば、心理学実験で、女性は関心を示さず、男性は恐怖を示すことが観察できるかもしれない。

 心理学実験でヒゲの男性がより「優勢」かつ「男性的」だと被験者が実際に評価するならば、「武器としてのヒゲ」理論の擁護者はそこに支えをみつけることもできる。

(写真:CavanImages/イメージマート)

 ヒゲが魅力的だとした1969年のシカゴの研究では、女性よりも男性にとってヒゲが印象に残るという。そこでは、口ヒゲのある年上の男性の絵と、きれいにヒゲを剃った年下の男性の絵を学生の集団にみせて、関係を述べさせた。ほとんどの男子学生は、年上の男性が年配であり権威があると説明した。

 女子学生はそうではなかった。また別の学生集団に似たような絵をみせたが、今度は若い男性にヒゲが生えている絵にした。女性の反応は変わらなかったが、男子学生は、両方を比較して同等だと語る傾向が強かった。

 男の目からみると、ヒゲは若い男性の社会的地位を上げる。ヒゲは威嚇するというよりも男性を年上にみせるようである。そうだとしてもその後数十年間の諸研究では、ヒゲのある男性は、女性にとっても男性にとっても、より説得力があり、荒々しく、攻撃的にみえることが明らかにされた。

 ケンタッキーの学生はヒゲの男性についてあまり魅力的ではないと評価し、より年上にみえ、かつ攻撃的だと判断した。注目に値するのは、この研究で女性よりも男性が、ヒゲの顔がより攻撃的だと評価したことである。