春闘本番の時期を迎え、メディアを通じて「賃上げ7%」「自動車大手満額回答」といった景気のいい話が連日流れている。だが、うのみにするのは考え物だ。日本の産業界全体を見渡せば、全雇用者の7割を抱える中小企業は3%の賃上げがやっとというのが現実。“賃上げバラ色論”はあくまで表層的な現象に過ぎない。ドラスチックな政策転換を行っていかないと、日本経済の地盤沈下は食い止めようがない。ジャーナリストの山田稔氏が現状をレポートする。
岸田首相も猛アピールする“賃上げバラ色論”の実態
大手企業の大幅賃上げ表明が話題になっている。2023年暮れの段階でサントリーホールディングス(HD)、住友生命、第一生命HD、日本生命などの賃上げ率が7%程度・以上と報じられ、最近も自動車大手では「最高水準の要求続々」「ホンダ、マツダ満額回答」といった明るい情報が飛び交っている。サントリーHDは2月28日に平均約7%の賃上げで満額回答した。
内閣支持率低迷にあえぐ岸田首相にとっても大幅な賃上げの実現は、数少ない政権浮揚の要因となる可能性があるだけに「物価高に負けない賃上げを実現していかなければならない」と猛アピールしている。
折しも日経平均株価は最高値を更新し続け、いよいよ4万円の大台が視野に入ってきた。そこに大幅な賃上げが実現して、21カ月連続でマイナスだった実質賃金がプラスに転じれば、消費マインドも好転し、低迷を続ける日本経済の先行きに明るさが出てくるのではないか。そんなバラ色論もささやかれている。
しかし、現実はそう甘くはない。東京商工リサーチが公表した「賃上げに関するアンケート(2024年度)」の調査結果によると、賃上げ予定企業数は85.6%で2016年度以降の最高を更新したが、連合が2024年度春闘の方針として掲げる「5%以上」の賃上げについては、賃上げ実施企業のうち達成見込みは25.9%と全体の4分の1にとどまった。賃上げ率の中央値は3%で政府が要請する「前年(平均3.58%)を上回る賃上げ」の達成は困難とみられる。
大幅賃上げで実質賃金がプラスに転化するという楽観論を妨げる最大の要因は、大企業と中小企業の経営体力格差である。
この2年ほど続いている原料高や円安に伴う物価高への対応をみても、大手は商品への価格転嫁をきっちり行い、輸出企業は空前の利益を出している。一方、大企業の下請け、孫請けである中小企業は、生産コストを抑え込まれ、物価上昇分の価格転嫁も実施できない企業が少なくない。
中小企業庁の調査(2023年9月実施)では「まったく転嫁できない」「コストが増額したのに減額された」があわせて20.7%もあった。そんな過酷な状況では「賃上げの原資がない」という悲鳴も聞こえてきそうだ。