2024年のNHKドラマ『光る君へ』の放送で注目が集まっている『源氏物語』と紫式部。『源氏物語』は世界最古の本格小説であり、作品を最大限楽しむには当時の価値観や時代背景への理解も必要となる。『紫式部と男たち』(木村朗子著、文春新書)では、『源氏物語』と同時期に書かれた文学作品や時代背景を取り上げ、物語がいかにして書かれ、楽しまれたか、男たちの政治にどのように影響を与えたのか語られている。大河ドラマ鑑賞のための良い手引きとなるだろう。
(東野 望:フリーライター)
伝統的な学問重視から婚姻関係重視へ
筆者の木村朗子氏は、津田塾大学学芸学部多文化・国際協力学科教授で『源氏物語』の専門家。NHK大河ドラマ『光る君へ』の主人公である紫式部が生きた時代、政界では藤原道長という実力者が“摂関政治”で権力を掌握していった。
道長は自分の娘を天皇の后にし、娘が産んだ男児を即位させた。そして自身は摂政となり、天皇に代わって政治を執り行った。姻戚関係で権力を握っていったわけだ。
もともと、平安宮廷は漢籍に詳しい学者筋の貴族たちが天皇の補佐役にあたっていた。ただ、学者筋の貴族の多くは、貴族としての家格はそれほど高くなく、学問の力で政界への道を切り拓いていった。その伝統を塗り替えたのが“摂関政治”だ。
学問より恋愛? 時代に適した主人公像
藤原氏が漢学者たちを廃し、のし上がっていく時期に編集された最初の勅撰和歌集である『古今和歌集』の歌の内容から、筆者はこう語っている。
『古今和歌集』は全二十巻のうち、恋歌を集めた巻が五巻も入っており、春夏秋冬の巻にも恋歌が多く入っている。最古の和歌集である『万葉集』には天皇を言祝ぐ歌、国褒めの歌などが多く含まれるのに比べて、まったくもって恋愛重視である。政治と文化の両面において、学才よりも恋愛力が重要視される時期にもてはやされた物語が『源氏物語』である。ならば色好みの男たる光源氏が主人公となるもの必然という気がしてくる。
光源氏はたおやかな魅力があり、どんな女性でも彼を一目見れば好きになってしまうような色男なのだ。光源氏自身は学問を重視する一面もあったが、学問よりも恋愛力が重視された時代らしい主人公といえるだろう。