テンセントの「QQ」やそこから派生したゲームなどのコミュニケーションの場、さらにそれを支えたネットカフェという場が合わさって、「合流」に対する抵抗の場としての「交流」の場を構成していたのである。

 そこでは、勉強とその先にある「成功」という単一化された価値観にとらわれず、多様な人やものに触れ、多様な価値観を交差させて、別の「支流」へと分岐させ、全く新しい場所へと到達することが可能だった、すくなくともそのように感じられていたのである。

過剰とも言えるレベルで普及した「弾幕」

 2009年から2014年にかけて、日本のニコニコ動画のコメント機能から生まれた「弾幕」という現象が中国に輸入され、本家以上の影響力と広がりを見せていった。

 弾幕とはニコニコ動画という動画共有サイトが提供した、動画に覆い被さるように視聴者が書き込んだコメントがリアルタイムで流れていく状態を指している。文字が密集している状態がシューティングゲームにおける「弾丸の幕」に似ていることからその名前になった。

 いわゆるコメント欄と異なるのは、弾幕コメントは動画の特定の時点に紐づけられ、そのタイムラインに統合されていることである。さらに、みんなで一斉にコメントを送信すると、動画の内容が見えないほどに密集することもあるが、それがかえってある種のお祭り感覚を引き起こす。

 中国では、ニコニコ動画と同時に、アニメ、マンガ、ゲームなどのオタクカルチャーの文脈を多分に受け継ぐ形で輸入していた。それが現在若者文化の中心地となっているbilibiliという動画共有サイトに結実していく。ちなみに、現在はCEOの陳睿を除けばテンセントがbilibiliの最大の株主となっている。

 重要なのは、そのようなオタクカルチャーの文脈の外にも、「弾幕」が広がっていったことだ。

 映画館での映画上映にも試験的に弾幕の投稿が導入され、話題になっていた。bilibili以外の大手の動画配信サイトも軒並み弾幕を基本的な機能として導入していった。日本のテレビと違って、中国は早い段階からスマートテレビが普及し、家の居間でも動画配信サイトの映画やドラマを中心に観るという家庭が多い。そこに弾幕を導入するということは、リビングさえもがネット上のコミュニケーション空間に開かれるということだ。

 さらに、動画、映画、ドラマにとどまらず、弾幕は一種の汎用的なコミュニケーション機能として、音楽アプリ、ウェブマンガ、ネット小説、オンライン講義などあらゆるメディアに実装されていった。

◎新潮社フォーサイトの関連記事
風力発電産業に漂い始めた幾重もの暗雲
射精における「責任」とは一体なんなのか? 社会と個人の両側から考える性欲のこと
いまロシアFSBが握る「ポスト・プーチン」のキーファクター:「大統領排除」が唯一可能な組織の影響力