韓国の有力な野党指導者・金大中が、東京都内のホテルで韓国の情報機関「韓国中央情報部」(KCIA)に拉致されて秘密裏に韓国に移送されたという衝撃的な事件だったが、事件後まもなく、元別班員が経営する信用調査会社がこの事件に関わっていたことが判明した。

 この元別班員は坪山晃三という人物で、当時、飯田橋で調査会社「ミリオン資料サービス」を経営していた。坪山氏は在日韓国大使館員のKCIA要員から「接触して活動自粛の説得をしたいから」との理由で依頼され、日本国内での金大中の所在確認を行ったのだ。

 実は筆者が取材した元別班員の1人が坪山氏で、筆者はこの件について直接話を聞いている。それによると坪山氏は当時、古巣の別班とは緊密に連絡を取り合っており、報告は上げていたとのことだが、金大中の所在確認自体は会社の業務として請けたものであり、別班が直接事件に関わっていたわけではないとのことである。

 しかし、いずれにせよ元別班員が関与していたことから、当時、日本共産党機関紙『赤旗』が別班について「恐ろしい謀略機関」と大々的に報じた。坪山氏のミリオン資料サービスについても別班のダミーではないかと騒がれたが、前述したように別班にはもともとそれほどの予算はない。同社はその後、東京駅近くに移転したが、現在も実績ある老舗の調査会社として営業を続けており、創業者の坪山氏(故人)は生前、東京都調査業協会副会長まで務めたことがある。実体のないダミー会社などではないことは、こうしたことからも裏づけられる。

 ただ、別班のほうは、米軍の要請ということで非公然組織として運用されていたものの、やはり非公然が公に暴露されるのはまずい。そのため事件後まもなく、大幅に陣容を縮小したうえ、キャンプ座間から防衛庁(当時)の六本木庁舎に併設されていた陸幕本部に移転した。もともと非公然だから、その後の組織編制は非公開だが、おそらく別班というかたちではもう存在していない。

 もっとも、別班の主な業務である米陸軍情報部隊との連絡業務は、現在に至るも陸幕指揮通信システム・情報部の重要な業務であり、その担当者たちがいる。いわばその担当者たちが、別班の後裔にあたるといえるだろう。

 他方、米陸軍の情報部隊はその後、キャンプ座間の第500軍事情報旅団がハワイに移転し、現在は同じキャンプ座間に同旅団の隷下である第311軍事情報大隊がある。第311軍事情報大隊はより都心に近い米軍の赤坂プレスセンター(六本木)と横浜ノースドックに出先機関を置いている。