現在国産で唯一の乗用燃料電池車であるトヨタ「MIRAI」(写真:筆者撮影)

「2030年に向けて、すでに燃料電池で10万台分のオファーがある」。トヨタ自動車は東富士研究所(静岡県裾野市)で6月8日に開催した「トヨタテクニカルワークショップ2023」でそう公表した。技術開発の世界には成果が事業化に結びつかない「死の谷(デスバレー)」という言葉がある。トヨタの「10万台」発言は、燃料電池車が死の谷を克服することを意味するのか?

(桃田 健史:自動車ジャーナリスト)

 燃料電池車の動力源である燃料電池は、水素を燃料とし酸素と融合する過程で電気を発生させる。排出するのは水だけで、究極のエコカー技術として位置付けられてきた。

 トヨタは燃料電池を自社で使うだけではなく、外販する計画を持つ。大型トラックや小型商用車・乗用車、そして定置式発電機や鉄道向けなどを想定しており、すでに2030年までに受注台数が10万台に達する目途が立ったというのだ。

 一方、トヨタは電気自動車(EV)を2030年までに年間350万台生産することも目標に掲げている。EVと比べると燃料電池は35分の1の規模という「小さな商売」という見方もできる。

 それでも、なぜトヨタは、燃料電池車や、水素を内燃機関で燃やして使う水素燃料車の開発に注力しているのだろうか。トヨタの真意を探りながら、日本の水素社会実現の可能性について考察したい。