姪に手を出して兄から絶縁される
仙台の赴任に9カ月でピリオドを打つと、藤村は上京して結婚。子どもをかかえて、貧しい生活をしながらも、文学活動に邁進する。詩の形式では自分のかかえる複雑な感情は表現しきれないと、小説を書きはじめた。1906年に部落差別を扱った代表作『破戒』を自費出版し、大きな話題を呼ぶことになる。
だが、大作を完成させるために払った犠牲はあまりに大きかった。
極貧の中で書き続けたため、三女、次女、長女の順に娘3人とも栄養失調で早逝。あげくの果てには、妻の冬子も目を悪くし、死亡してしまう。
『破戒』の成功により経済状況はよくなっていたものの、藤村ひとりで残された子どもを4人育てるのは、無理があった。そこで次兄の次女・こま子が世話をするために同居しはじめる。
事件は、そのときに起きた。なんと藤村は自分の姪にあたる、こま子に手を出したのである。しかも、まだ処女だった彼女を妊娠させてしまう。
姪と関係しただけでも一大事なのに、さらに妊娠と、最大のピンチを迎えた藤村。もちろん、兄に言えるわけがなかった。かわいい娘の純潔が弟に犯されたことを知ったら、激怒することはいうまでもないだろう。
考え抜いた末、藤村はある結論を出す。それは……逃亡。
しかも国内ではない。藤村は留学という名目でフランスに旅立ってしまう。なんという現実逃避であろうか。藤村が自身の不始末を兄にようやく打ち明けたのは、逃亡中の船の上からである。そこからすべての顛末を書いた手紙を出した。それを読んだ藤村の兄は呆然自失したというが、当然だろう。
3年後、ほとぼりが冷めた頃に、藤村はフランスから帰国。再婚を果たす。
だが、藤村の辞書に「反省」という言葉はない。藤村はまたもや、こま子に手を出してしまうのである。フランスにまで逃亡したのは一体なんだったのだろうか。
さすがにこのままではマズイと思った藤村は、ふたりの関係をすべて総括することを決意。それでどうしたかというと、私小説『新生』を書き、すべてを世間のみなさまに大発表したのだ。いちいちやることが過激である。
兄は激怒を通り越して絶縁。こま子も藤村のもとを去ってしまうのだった。
本書では島崎藤村のほか、「人間関係から逃げた」石川啄木やフランツ・カフカ、「家族から逃げた」芥川龍之介やトルストイ、「仕事から逃亡した」ゲーテや葛西善蔵、「勉強から逃亡した」ヘルマン・ヘッセや金子光晴、「借金から逃亡した」内田百閒やドストエフスキーなどのエピソードを紹介している。
先行きが見えない、こんな時代は生き抜くだけでも「完走賞」もの。45名の文豪の逃亡っぷりから、「人生で追い詰められないための処世術」を身につけたい。