このアプローチの良い点は、原理から明瞭であること。

 惜しい点は実用とは距離があることで、超高圧下で小さなサンプルが室温超伝導を示しても、それで直ちに病院にあるMRIが常時用いている超伝導磁石に転用できるというわけではない。

 こうしたことも、「水深2キロ、3キロで潜航艇爆縮」と同様、何が起きているか、必要十分な基礎科学を理解していれば、瞬間的に大方の判断は誤らずに下すことができます。

 かつ、逆立ちしても今のLLM(大規模言語モデル程度の生成AI)では、このような芸当はできません。

 本稿のおしまいに、潜航艇タイタンに関してですが、あのような杜撰なテレビを流し見て、専門家と称する人が何か言って、出演者も、ディレクター・プロデューサーも、また大多数の視聴者もそれで納得したり、しなかったり・・・という右往左往に我慢できること、それ自身が私には正直よく分かりません。

 賢い子なら小学生が聞いても「何言ってるの?」という程度に科学的に誤った内容を、タレントやアナウンサーが公共の電波に乗せるのも言語道断なら、それに慣れてしまい、「オオカミが来た!」と告げる少年の声と同様、多くの人が受け身の思考停止に陥っている現実に警鐘を鳴らさざるを得ません。

 今回、タイタンに乗船して命を失った人たちは、「死」という言葉が第1ページだけで3回ほど出てくる権利放棄の誓約書にサインさせられたそうですが、まさか本当に「死ぬ」とは思っていなかったでしょう。

 みすみす死ぬと分かっていたら、そんな船には乗る人はいない。しょせん観光なのだから。

「こういう書類は書かせるものの、3500万円からのお金を取り、こんな立派な機材で深海に降りて行くのだから、安全は保障されている。冒険エンターテインメントなのだから・・・」と思い込む、思考停止の可能性があったように思います。

「怖がっていても仕方ない。ここはいちか、ばちかだ!(たぶん大丈夫だろう)」

 19歳で命を失った少年には、ひょっとするとお父さんと一緒に「命がけの冒険」に出かけることで、20歳以降の人生に乗り出す「イニシエーション」度胸試しの面があったかもしれない。

 でも、もしそうであったなら、すでに安全性の保障されているスカイダイビングなど、他の確実な方法がいくらでも存在していた。

「海底観光はビジネスチャンス」というアイデアに取りつかれ、1から10まで完全に間違った設計の「使用期限切れのジャンボ機体材料で作った、挫滅確実な潜航艇」商法なんぞの餌食になるべきではなかった。

 注意深い読者にはご理解いただけたと思いますが、前回も記した通り、深海では周囲の海水に圧迫される圧縮強度が問われ、強さをきちんと評価していない円筒形の断面側から水圧で押しつぶされて、タイタンはやばい音をたて、最終的に破断したと思われます。

 翻って、ジェット旅客機が飛ぶ環境は飛行高度にして10キロ程度、気圧は0.2~0.3気圧程度、マイナス30~50度という空間で、機内の常圧の方が高くなっている。

 当然ながら航空材料のスペックは「引張強度」で問われ、深海で問題になる圧縮強度の評価は一般に問われません。

 オーシャンゲートは、そこで問われる材料強度をきちんと評価せずにタイタンを設計、就航させていた可能性が高い。だから事件というべきだと思うわけです。

 なお細かいことですが、引張強度と圧縮強度の間には、この資料などにもあるようにほぼ同等の値が比定されるようですが、インパクトを受けるような場合、横弾性係数に依存する圧縮強度が産出され、簡単ではありません。

 そこで百歩譲って、ボーイング社が放出した「使用期限切れ」のジェット機材料で潜航艇を造るとして、当該材料のそうした材料強度をシリアスに検討したうえでタイタンは設計されただろうか?

 およそそうは思えない。

 むしろ真剣に考えれば、高水圧下の環境に異方性材料を持ち込むのが、そもそもの間違いと言わざるをえません。

 ジェームズ・キャメロンなど、実に正確に事態を予期していた人も多数ありました。でも夢多き19歳には無理だったでしょう。

 見通しの甘い人たちが契約、高額なお金を支払って、オーシャンゲートはこんな商売を続け、とどのつまり今回の事態を引き起こしてしまった。

 そう考えると、ラッシュCEOが潜航艇と運命を共にしたことも、別の見方が可能かもしれません。

 つまり、彼はCEOでありながら、何一つ爾後処理に責任を取らず、タイタニックの傍らに消えてしまったのですから。

 生半可な理工学の知識と、新自由主義期に典型的だった、科学を無視した売り抜け商法という人生の果てに、この世にいなくなってしまった。

「究極の無責任」と遺族が見ても、全く不思議ではないでしょう。

 末尾、やや説教臭くなりますが、特に若い人は自然界を記述する基礎科学に興味を持っていただきたい。

 自らの知的好奇心をもって、「タイタン潜航艇遭難」のような時事から「室温超伝導」の現実まで、AIには真似のできない瞬時の洞察で、世界を見抜く眼力を養ってほしいと切実に願っています。