一度荒れた梅林を元に戻すのは容易いことではない

 梅干しの需要減がこのまま続くと、みなべ町や田辺市の梅農家、また地域全体にとっても死活問題だ。

「健康食品として明治時代から日本人のDNAに入り込んでいたはずの梅干しですが、食生活の多様な変化によって、どうやらその食習慣が転換期を迎えているではないのかと心配しています。しかも私などはもう80代ですが、後を継ぐ者はいないんです。そんな梅農家がここらにはたくさんあります」(Mさん)

 梅林は一年中手入れをしなければ良い梅ができないとされるように手間暇がかかる。だから、後継者がいない梅林は良い梅が採れないことになる。一度荒れた梅林を元に戻すのは容易いことではない。

 梅はその日の難逃れ――と諺(ことわざ)にもなっているように、毎朝一個の梅干しを食べることは健康を維持する秘訣だと昔から言われてきた。梅に含まれるクエン酸に疲労回復効果や殺菌効果があるからだ。適度に梅干しを食べることは、日本人の生活に根付いた健康法でもあった。

 その習慣がいま失われつつある。そして梅干しの需要が減っても、手入れが行き届いた梅林には、今年も立派な梅の実がなっている。

 需要減の懸念を抱きながらも、梅雨の時も収穫は休むこともなくカッパを着たパートさんたちは梅林での作業に従事している。田辺市内でスナックが200メートル×200メートルの狭い地域に200軒ほども集まっている「味光路(あじこうじ)」と呼ばれている繁華街にもこの時期に客の姿はほとんど見られない。梅採りのために休業しているスナックもあるほどである。いま紀南は梅採り一色に染まっているのである。