コロナを機に一段と減少した梅干しの需要

 実際に周辺の梅林を回ってみた。梅林の下には青いネットが敷かれているが、これは先述のように完熟して落下した梅を集めるためのもの。青梅を収穫した後には、今度は熟して落下した梅を集めて梅干し工場に出荷する時期になり、これが7月初旬まで続くことになる。

 小高い場所にある梅林の下には作業小屋があり、そこでは梅農家の主人が梅のサイズの区分け作業に当たっていた。壁にはJAが作った梅作業工程のマニュアルが貼ってあり、老夫婦が黙々と作業をしている。

 ここのご主人のMさんに話を伺った。

「バブルのころは景気がよくて、『和歌山県内にはミカン御殿と梅御殿がある』と言われていた時期もありました。実際にこの周辺には大きな梅御殿があったものです。需要も多かったので、県の公社が雑木林になっている山の斜面を崩して梅林を造成してそれを梅農家に分譲していたほどです。県やJAの指導で品質の良い南高梅のなかでも等級分けがされるので、より等級の高いものができるよう、梅農家は競って努力をしていました」

 Mさんの梅林を見せてもらった。紀中の有田市周辺のミカン農家や青森のリンゴ農家もそうであるが、懇切丁寧に手を入れられた梅林は綺麗に剪定されて管理をされているのが良く分かる。これが日本の細かいところまで手が届く農家の品質の良さの源なのだろうし、農作業には多大な苦労がかかっているのは一目瞭然である。

 ところが、Mさんが現在の状況に顔を曇らせる。

「梅干し以外にも女性を中心として梅酒もブームとなったし、梅干しは安定的に需要があるので価格は維持されていたんです。ところがこれはコロナ禍の影響だと思うのですが、梅干しの需要が下がったんです。というのも、全国のホテルや旅館が休業をしたので、朝食の食堂に必ずあるはずの梅干しが要らなくなったワケです。また、若者たちを中心に梅干し離れも危惧されています」

 実際、梅干しの需要は年を追うように減少している。総務省の家庭調査で2000年以降の数字を見れば、二人以上の世帯における年間購入数量は、2002年に1053グラムだったのをピークに、以後は徐々に下がり始める。2008年以降はおおむね700グラム台で推移していたが、2019年の数字は700グラムをわずかに割って697グラム。そして新型コロナのパンデミックが吹き荒れた2020年は633グラム、2021年には若干持ち直して658グラムとなっている。Mさんが言うように新型コロナによる宿泊施設の営業自粛が打撃になったのかも知れない。

 梅干しは保存がきく商品ではあるが、在庫が積みあがり、倉庫が満杯との声もある。酸っぱさを敬遠する消費者向けに、蜂蜜漬けの梅干しも開発されているが、これも消費減少を打開する決定打にはなっていない。

「塩だけで作られた梅干しは腐る心配がないので、極端な話、何年経っても大丈夫ですが、蜂蜜漬けとかに加工すると長くは商品として置いておけないんです。売れなかったら廃棄処分するしかありません。梅を仕入れて梅干しを作る工場にはこの問題が大きくのしかかっているので梅の仕入れ価格も低く抑えられているような気もします」(前出・Mさん)