ところが、ニクソンは泥酔しており、電話に出られない。ホワイトハウスのスタッフは慌て、大統領は今忙しいから、明日の朝、電話するように伝えた。

 弾劾審議で追い詰められて辞職する5カ月前には酒浸りになり、精神状態が混乱していた。1974年3月、すでに米下院が弾劾を進めることを決めた頃、国務長官と大統領補佐官を兼任していたキッシンジャー氏がアレクサンダー・ヘイグ大統領補佐官に架電し、大統領の体調懸念を伝えた。

 するとヘイグは「大統領から『フットボール』をとってくるように言われた。議会に落としてやると息巻いている」と答え、キッシンジャー氏はニクソンの発言が冗談とはいえ、精神状態のあまりの不安定さに驚いたという。フットボールとは核兵器の発射ボタンを収めているブリーフケースだ。

 これまた軽口を叩いただけのように映るが、周囲はこれまでの経緯からして何をしでかすかわからないという疑念を捨てきれなかった。

大統領任期終了まで気が気ではなかったスタッフたち

 1974年8月9日。辞意を表明したニクソンは、ホワイトハウスの庭園に待機中だった大統領専用ヘリコプターのタラップをのぼった。カリフォルニアの自宅に帰るためだ。

1974年8月9日、大統領を辞任し、アンドリューズ空軍基地に向かうヘリコプターに乗り込むニクソン(写真:AP/アフロ)

 見送りに来た約300人のホワイトハウスの職員、閣僚に向かって両腕を高く上げて勝利の「V」の字を描いて見せた。大統領職終了まで残りわずか2時間。タラップにのぼる姿を見守りながら関係者はようやく胸をなでおろした。ニクソン大統領の後ろに「フットボールを持った将校」が見えなかったからだ。

 それでもジェームズ・ロドニー・シュレジンジャー国防長官は主要指揮官に「もしニクソン大統領が核発射を命令すれば、私か国務長官(キッシンジャー氏)に必ず確認しなさい」と気を緩めなかったというから、ニクソンがいかに酒浸りで危険な状態だったかが理解できる。

 余談だが、ニクソンの大統領選の勝利で酒による失態を犯した歴史上の人物がいる。ビートルズのジョン・レノンだ。

 渡米直後から関わったベトナム反戦運動がニクソン勝利という「挫折」に終わった夜、仲間の家で泥酔。その場にいた女性と体を交えてしまい、現場にいたオノ・ヨーコに土下座したという。

 その後、ジョンはヨーコと別れて西海岸に移り、酒浸りとなる。ニクソンが大統領選に敗れれば、ジョンには違う人生が待っていたのかもしれない。

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<酒を飲まないプーチン、だからといっていつも合理的判断を下すとは限らない 古今東西、知られざる権力者たちの“酔態”(3)>に続く。