ところが、日本では長らく、文民統制は誤解されたまま運用されてきた。統合幕僚長がなかなか首相に会えなかった事実は、シビリアンコントロールに対する誤解を象徴していると言える。
軍人が政治家の言うことを聞かなければならないからといっても、軍事の専門家の立場からのアドバイスがなければ、政治家は適正な判断を下せない。ましてや首相は自衛隊の最高指揮官だ。首相が軍事問題に全く不案内であれば、国民の生命と財産が危機にさらされる。
何を当たり前のことを言っているのかと思われるかもしれないが、日本では当たり前ではなかったのだ。それもこれも、文民統制に対する基本的理解が欠けていたからであり、防衛省・自衛隊が抱える多くの問題は、この誤解に原因があると言っても過言ではない。
「文民統制」ではなく、「文官統制」のDNA
文民統制とは、国民の代表たる政治家が自衛隊を統制することを意味する。ところが、日本では選挙で選ばれたわけでもない背広組の官僚が制服組の自衛官の上に立ち、あれこれと指示を出したり、言うことをきかせたりするという話になってしまっている。「文民(シビル)」ではなく「文官(シビリアン・スタッフ)」が自衛隊を統制するというわけだ。皮肉を込めて「文官統制」と呼ばれる。