なぜ大内義隆の評価は死後に一変したのか?酷評の理由と「もしも」の可能性 大寧寺の変と大内義隆(後編) 乃至 政彦 著者フォロー フォロー中 2023.3.7(火) 歴史 学術 記事をシェア 1 2 3 死後に一変する評価 義隆は文治の姿勢を崩すことなく、家臣の逆心をその不合理さゆえに実行不可能と見なしていたことで、天文20年(1551)夏、大寧寺の変に遭って自害することになった 残り2149文字 ここからは、JBpress Premium 限定です。 会員ログイン JBpress Premiumを無料で試す 初月無料 税込550円/月 全記事読み放題! カンタン登録!続けて記事をお読みください。詳細はこちら Premium会員に人気の記事 【自民党総裁選】小泉純一郎はルール変更追い風に初勝利、強者・権力者が「ゴールポスト」を動かした歴史 参政党の演説に在日コリアン3世の私が共感してしまった理由 AIが「働きたくても働けない人」と「働かなくてもいい人」を生成し始めた 記事をシェア