「あの女優を食べたい」

 また、こんな事も言った。

「今、女優のUさん、Tさん、が食べたい。とても食べたい」

 私は、霧の中から語られるそんな一言一言を軽くかわしながら、佐川氏の口元を見つめていた。これは、彼のサービス精神からくる言葉なのか、それとも本音なのか――。

 その口元から発せられる悪魔のささやき、心の底から突き上げてくる欲望は、佐川一政というひとつの肉体が背負った業なのか。

 だとすると、彼はその業を背負って、冴えわたる満月の裏側にある「暗黒の世界」を漂っているのかもしれない。

 そんな事を考えながらも、あの時の私は彼の本質に迫ることはできなかった。
いや、今でもできないだろう。

 彼はその業を背負ったまま、黄泉の国へと旅立っていったのだ。