世間から忘れられることへの恐れ

 ファインダーいっぱいにクローズアップされた彼の顔。気味悪さ、弱々しさ、秘めた欲望、耽溺、迷宮・・・彼の発するオーラから頭の中に数々の言葉が浮かんでは消える。

人混みを歩く佐川に誰ひとり気づく者はいなかった(写真:橋本 昇)
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新宿通りで柱の陰からこちらを見る佐川。このポーズは彼自身による提案だった(写真:橋本 昇)
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 だが、彼の本質は見えてこない。彼自身、自分が何者なのか問うても答が見つからず、もがいているのではないだろうか。

 撮影が終わりインタビューになった。

 彼はパリでの事件の詳細をリアリティーたっぷりに語った。それは、事件の風化を恐れ、自分が忘れ去られていくことを恐れる佐川一政という男の姿だった。

 一方で、彼の語り口は、何の抑揚もなく、感情の起伏も喜怒哀楽も感じさせない、ただ彼の心の中のもやもやしたものが空中に浮遊しているという、まさに“霧の中”だった。

「僕は1カ月に1回、大学病院に通院しているんです。そこで僕と同じように“人を食べたい”という女性と知り合いましてね。いつか死なない程度にお互いを食い合おうと言ってるんです。僕は今でも女性を食いたいと思っていますよ。電車なんかで女性のふくらはぎを見ると食いつきたくなるんですよ」